偽りを抱きしめる めらめらと松明の明かりが眩しく光る。時折パチパチと火の粉をちらすそれ。 「…………。」 もう暖かい季節になりつつあるというのに夜は未だ寒い。 私は深く深く息を吸い込み、吐き出す。それを延々と繰り返し、ここ、二条城に至るまでを思い出した。 *** 西本願寺の大きな広間で近藤さんの声が響く。 「皆も、徳川第十四代将軍・徳川家茂公が、上洛されるという話は聞き及んでいると思う。その上洛に伴い公が二条城に入られるまで、新選組総力をもって警護の任に当たるべし………、との要請を受けた!」 事態を理解した者たちが歓声をあげる。 「ふん……池田屋や禁門の変の件を見て、さすがのお偉方も、俺らの働きを認めざるを得なかったんだろうよ。」 「警護中は文字通りの意味で、僕らの刀に国の行く末がかかってる……なんてね。」 冗談めかして言う沖田さんに少し離れた場所にいる雪村さんが緊張した面持ちになる。だがそんな雪村さんの緊張を自称、西条刹の妹の環さんが大丈夫ですよ、と励ます。 自称。土方さん辺りはなんとも言えないみたいだが近藤さんは西条さんの親族に大層喜んでいる。 確かに、顔は似ている。でも、気配が違う。獣と、人間。 結局、二条城までの警護の話は咳の多い沖田さん、それから言いはしないが尊王攘夷の考えからか平助が辞退した。 「で?お前はどうすんだ?」 次に土方さんが話をふったのは雪村さん。結局彼女は参加を決めたがそれについて来たのは環さん。なんでも剣は使えるし、置いてもらってるからお手伝いをしたいとか。 「………臭い。」 「慧?」 「あ、いえ。すみません。」 不思議そうに名前を呼ぶ主。私が頭を下げるとぽんぽんと撫でられた。それから彼は隊士の点呼に向かう。 私は撫でられた頭に触れる。優しい、人。私のことを何も聞かないから…。 「………臭い。」 私は思い出したように自らの服を臭った。 「…………。」 「日向?」 声をかけてきたのは意外にも西条さん。 「どうかしたのか…?」 「臭うんですよ。」 「?」 「犬の臭い……。」 「………あぁ、」 西条さんは納得したように言った。もう私が人間でない何かであることは彼女も承知だろう。そして私は彼女の正体を知っている。同等でないことは理解している。 もっとしつこく聞けばいいのに、最近はそう思ってる。聞いたら私だって…。そう思っていつもやめる。 顔をぱん、と叩くと横で西条さんがぎょっとした。 「……最近、私たち、柔らかくなりましたよね。」 「……確かに、な。」 「…環さん、何がしたいんでしょうか。」 「………。」 「知ってるんですよね。でも、答えないでくださいね。私は、貴方に教えていないことが沢山ある。なのに私は貴方のことを…きっと、貴方以上に知っている。」 西条さんはなんとも言えぬ表情をした。 「…いずれ、わかります。貴方が、貴方になったら。」 人間でいるなら、私から言おう。貴方が変わってしまうなら、自ら真実を知ればいい。相いれない私たちの関係を。 「もう少し、貴方と仲良くしてればよかったなって…最近思うんです。」 西条さんはまた驚いた顔をしてから言った。 「これから、そうなっていけばいいと…俺は思う。」 慧は主人から感じる嬉しさとはまた違った感情に、照れたように下を向くと口元を手で隠し、顔を綻ばせた。 *** 「私ももう…歳、かな。」 呟く自分に悲しくなった。 ひゅー、と風が吹く。松明の光が揺れる。 「…………臭い。」 昼間、着替えたはずの服は、彼女が苦手とする臭いが染み付いていた。 0407 二条城です。雪子です。 本格的に刹と慧を仲良くさせよう作戦。とりあえず環さんはなんか好き勝手動かしちゃいました。ごめんなさい。 が、頑張って…! 雪子 - 37 -
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