空を見上げた1 | ナノ
貫かれた盾

分からないことだらけ、少し考えるのにも疲れた。日向に話してからか、幾分か気分が楽だ。今まで誰にもいえなかったこと、だけど日向には話せた。多分同じような匂いがしたから。理由なんてそれしか見つからない。


「満月…、」


丁度良い夜だと思った。山犬、言わばそれは狼を意味している。そしてふと思った俺が山犬と言うならば、純粋な山犬や俺のような者も探せばいるのではないかと。日向は何も言わなかったが、あれも一種の何かなのだろう。


「………、」


月を見ていると不思議な気分になった。押し留めているいるものが開放されそうな、今までろくな物を食べてなかったせいか酷い空腹感に満たされた。それでも、雪村がいつも作る魚や漬物。そういったものが食べたいと言うわけでは無かった。


「これじゃぁ、まるで化け物だ。」


一人の声が反響する。それは当たり前だ。この部屋には自分しかいない。そう思っていたのだから。


「いつまでも人間でって、それが本当に叶うとでも思っていましたか?」


「誰だ!」


庭の方に目線を向ければ、自分と同じ容姿の人物が立っていた。この世には似たような顔が三人いるという。そうだとしてもやはり似すぎていた。


「何者だ。」


「少なくとも貴方の敵ではありません。私の名前は環。そして、貴方と同じ者。」


俺は眉を潜めた。真実を知るもの、それが今自分の目の前にいる。可笑しいと思った。今まで何の音沙汰も無かった癖に今になって現れた。目的があってのこととしか考えられない。


「あんたも山犬、いつまでも人間じゃいられないとはどういうことだ。」


「言った通りです。貴方は人間と山犬の血を引いている。だけど、鬼の現われのせいで貴方の中の山犬の血が目覚めてしまった。そうすれば、貴方は人間として生きる術を無くしたに等しいのです。貴方にだって思い当たることはあるはずです。」


「……確かに、俺は以前よりも目利きが聞くようになったし耳だって可笑しなくらい聞こえが良くなった。」


「本当にそれだけですか?まだあるはずです。我等山犬の性だとでも言えるものが…、その自覚が無いとは言わせません。」


山犬の性、それは食事のことを指すのだろう。自覚はしている、だが認めたくは無かった。今まで人間として生きてきたのだ。今更、生きたままのものを口にするということはあまり信じたくは無い。また、そうしなければ生きていけないと言う事も。


「それが我慢できなくなれば、どうなる?」


「本能に任せ、貴方が大切にしている者たちまでその牙にかけると言う事になります。」


俺は目を見張った。牙にかける。それではまるで獣が人を襲うみたいな言い方だ。人間ならば手に掛けると言ったほうが正しい。


「牙…?それじゃぁまるで、おれが獣みたいな言い方だな。」


「そうです。貴方にだって出来るはずだ。自然と人間の擬態を取れているんですから。」


「擬態?何のことだ。」


その言葉を待っていたかのように目の前の女は笑った。瞬きをする瞬間、また目を見開けばそこに人の姿は無かった。黒い、大きな狼。下手をすれば人が立つ半分位の大きさがあるだろう。その姿の胸元には白く三日月をかたどった様に毛が生えている。


これが貴方のもう一つの姿とでも言えます。目を瞑り望めば貴方にだって出来るはずです。


脳に直接響く声。獣の姿だと人間の言葉は口で話せないのだと分かる。俺は冷めた様な目でその山犬の姿を目に映した。


我ら山犬の一族は誇り高い。仲間は絶対なのです。そして、一度決めた覚悟も曲げない。……貴方に考えて欲しいのです。



「考える?」


一族は今寂れています。それはこの何年かの間に人が山犬を狩ってきたからです。貴方になら、再興できる。そう思って私は貴方を探していました。



その瞳は真剣だ。だから、簡単に返事が出来ることも無かった。ことを軽く見れば、山犬が滅びる。そして、此処を離れれば新選組を裏切るということになる。それ故に言葉が詰まった。人間と山犬。二つの血を持つ自分にはどちらかなんて選べない。


今すぐにとは言いません。しばらくは貴方の傍にあるつもりです。



「傍に?それは此処にしばらくいると言う事か?」


ずっととは言いません。貴方が答えを出すまで、私も手ぶらでは帰れないのです。



「…だが、それを決めるのは俺じゃない。それにこの状況じゃ他人を置いてくれなんて願い絶対に断られるのが落ちだ。」


なら、私は貴方の妹だと言って下さい。



「いもう…と…?」


失礼しました。私の姓は西条と言います。西条環、それが今の私の名前です。





* * *



あれから朝になって、環を近藤さんたちに紹介した。妹といえば少し怪しまれたが顔が顔なので納得された。そして、姉妹ならと同じ部屋で過ごすことを言い渡される。俺は嫌に顔を歪めたが隣に座る環は嬉しそうだった。


「……西条さん、」


雪村と環がなにやら話し込んでいるのを放っておいて中庭からぼぅっと外を見ていたときの話だ。急に呼ばれた名に俺は振り返った。


「日向か、」


「あれは何者ですか。」


隙がないような問い。俺は小さく笑った。


「……山犬、と言うより狼と言った方が正しかったのかもしれない。」


厄介なこと。きっと日向だってそう思ってる。俺だってそうだ。今更、姉妹だの言われてもいまいち実感は沸かない。俺の兄弟はあの二人だと決まっていたからだ。


「大事な話をするなら、聞かれないように気をつけないとな。」


俺の独り言に、日向はそうですねと目を瞑った。





110402



そろそろ刹の素性を本人に教えてあげないとなって思って書きました。

多分、これから一族とか新選組とかで目一杯悩むんだと思います。間違った方法を取ることもあると思います。

そんな思いも慧に救ってあげてもらいたいなって思ったりもします。





- 36 -
← back →