君はなにでできてるの 「…何をなさっているんですか?」 しゃがみ込んだ体を起こす西条さんに声をかけた。 「…っ、」 彼女はまるで一歩遅かったとでも言いたげに辛そうな目で私を見る。その目には私に対する拒絶が見られる。私は彼女に一歩踏み出すたびに妙な感覚に襲われる。その感覚か日に日に色を増し……まるで、彼女を食い尽くそうとしてるようだ。 「大丈夫ですか?」 辛そうな彼女に声をかけてしまった今、ひくわけにもいかなく私は彼女にそっと手を出しながら一歩足を前に出した。 「近づくな!!」 ぜぇぜぇと荒い息を繰り返す彼女が私を見た。思わず足をひいてしまう。ああ…なんだなんだ…声なんてかけるんじゃなかった。ぐちゃぐちゃじゃないか、彼女……。 「……悪い、だけど今は近づかないでくれ。俺、どうにかなりそうなんだっ」 彼女はそれだけを言うと足早にそこを去る。伸ばした私の手だけが何も掴むことなくそこにあった。 「………ああ、どうしましょう。」 彼女の異端さに、気付いてしまったかもしれない。どこか、獣臭い匂い。それから、彼女が人間としての匂い。 「…………はあ。」 私はため息を吐いた。ここで漸くその頭角を現し始めた彼女に、私はどうすればいいのだろう。貴方は――なんだよ、と素直に伝えるべきか。それとも彼女が気付くべきか。ああ…でもまだ核心ではないから言うのはやはりよそう……。何故なら私にはあちら側の知識が少ないのだから。 「…はあ、」 またため息。最近口から出るのはため息ばかりだから困り果てている。癖になる前になんとかしなきゃ、とか思ってる時点で癖なのだろうか。 私は少し伸びた後ろの髪を触った。 「………髪、伸ばそうかな。」 現実逃避からかそんな言葉が出た。 *** 「日向。」 ずっとその場にいるとすっきりしたような顔をした彼女がいた。あからさまに私を避けて……今度はなんだ。そう思ったがそれは私だなと思った。 「なんですか、西条さん。」 「さっきはすまなかった。無闇に殺気なんか向けて、」 「気にしていません。」 「ならよかった。…で、あんたに聞きたいことがある。あんたは、日向慧は本当は何者だ。」 理由もなく唐突に聞く彼女に私はため息を出したくなった。 「何者というと…?」 「前に日向に聞かれてちゃんとは答えなかったが、あんたは、日向は少なくとも大事なことを他言しない奴だ。あの池田屋の日、金糸の男とであった。」 「それは聞きました。」 どうやら私は信頼されてはいるらしい。だから一体何が聞きたい。何が話したい。私は何も話すことなどない。私が話せるのは私が主に話してあることのみだ。主に話していない私のことを他の人間に言うのは私の中では断じてしてはいけない行為だ。 だからと言って彼女に狐であることを話す気はさらさらないが。人間には人間の秩序がある。彼女は、人間だ。今は。人間でなくなったときに食われるのは私だ。まあ、その前に殺しますが。弱肉強食なんです世の中。彼女がその正体をはっきり晒した際、主…そして私に手を出した場合は処分します。だって私には…主の夢を見届けるという夢があるのですから。 彼女がゆっくり口を開くのを見て私の口元には笑みができた。 まったく…人間という生き物は……。 110119 慧は人間を見下していればいい← 雪子 - 33 -
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