空を見上げた1 | ナノ
口の中から溢れた血

ケホッ、ケホッ
  ケホ…ケホ、



少し前から急に出始めた妙な咳。風邪だろうかと思っていたが咳以外にそれらしい症状は無い。一向に止みそうに無いことを少々不審に思っているが変な心配を掛けるのだけはごめんだと思い放っておくことにした。


空気が冷たい廊下を歩く。特に意味はないし、用もなかった。だけど、何故か歩いてみたくなったのだ、理由は分からない。何処か走り出したくなるような、場にはそぐわないけど凄く心が軽い。ギシリッと足音が聞こえる。この音は総司だ。


「刹…?」


ふっと後ろを振り向けば、不思議そうなものを見るような顔の総司がいた。


「…どうかしたか?」


俺の掛け声に総司ははっとしたようにこちらを見ていつものような笑みを浮かべた。


「なんでもないよ、」







***






「…。」


俺の視線の方、総司はそれに気付いて目線を俺と同じ方向に向けた。


「慧ちゃんだね、あの隣の人誰だろ?」


「さぁ、見たこともない。」


俺らが話していると日向がこちらに気付いて頭を下げた、隣にいる奴は俺を見て焦ったような驚いたようなそんな表情をした。初対面なはずなんだが、と内心疑問に思いながらも向こうも向こうで話を再開したらしくこちらも気にせず会話を続けた。


「ねぇ、刹。久しぶりに僕とお昼寝しようか?」


「なんだ、唐突に。」


「…なんでだろう、ね!」


ぐっと肩を押されてごんっと後頭部を打った。


「っ、」


「あぁ、痛かった?」


にこにこと笑って打った部分を摩る総司。正直触られる方が痛いんだが…。


「もういい、触るな。」


ぱしっと総司の手を払いのける。そしてその衝撃でか髪紐がぷちりと言う音を立てて切れた。そこではっとする。


「総司、何かあったのか?」


「…ん、何でもないよ。」


すっと髪に触れる手は優しい。編んでいた髪が解けて少しうっとおしい。だが、頭を撫でられる感覚がとても気持ちよい。


「随分と気持ち良さそうだね。」


「…、」


目を瞑って気配だけの世界に入り込む。撫でられる頭にうつらうつらと睡魔を誘った。


「ねぇ、刹。刹って何か変わった?」


「…何かって?」


「んー、例えば…。」


俺の顔をじろじろと見てそうだなーと云々言っている。


「耳が、よくなった…とか?」


「!」


どうして分かったのだろうかとびくりと体が反応してしまった。


「やっぱり、刹最近様子がおかしかったからね。周囲の音に敏感に察知するし。」


自分はそんなに分かりやすいのだろうか?とふと思った。これほどまでに総司に見透かされては新選組にいられない。


「でも、それに気付いているの僕と彼方だけなんだよね。」


「…。」


「大丈夫、別に悪いことじゃないんだから。そんなに不安そうな顔しないでよ。」


苦笑い気味に頬を撫でてぎゅっと抱きしめられる。力強い腕がやっぱり男なんだなと感心した。手と手を合わせてみれば総司の手は俺の一回りも大きい。腕が細いなどは一目瞭然だ。


「刹、眠いの?」


「…少し、だけ。」


「寝てもいいんだよ?」


「……んっ、」


次第に切れ長の目がうつらうつらと閉じていく。小さな寝息が完全に眠ってしまったことを教えてくれた。


「彼方ー、いつまでそこにいるき?」


「…なんや、ばれてたんかいな。」


「そりゃ、あんなに見られてたら嫌でも気付くよ。」


堪忍と言って僕達が横になっている隣に腰掛ける。

「刹、寝てもうたなぁ。」


「何?用事でもあったの?」


「いんや、何もあらへんよー。やけど、試衛館の時は僕の所によう来ててな。最近は総司ばっかりやからつまらへん。」


「……嫉妬?」


「阿保言いなさんな、なんで妹みたいに大事な子に嫉妬せなあかんの。ただの家族愛や。」


「ふーん、だといいけど、」


「なんや?総司はこの子のこと妹やと思ってへんの?」


彼方からの唐突な質問に総司はにやりと笑った。


「さぁ、どうだろうねぇ」


「いややわぁ、」







***






「日向ちゃーん。」


僕は近くを歩いている日向ちゃんの声をかけた。向こうは僕達を見てぎょっとしたような表情を見せた。


「どうしたんですか、こんなところで。沖田さんと…?。」


「あぁ、刹やで。髪の毛解いているからいつものように見えへんのやろ。」


僕がそういえば日向ちゃんはまた驚いたように目を見開いた。


「風邪を引かれますよ。沖田さんはともかく西条さんが…、此処の所、変な咳が続いていらっしゃったみたいなので。」


「変な咳?」


問えば頷く慧に彼方は怪訝な顔をした。


「……んー、じゃぁ僕も寝るから、夕刻くらいに起こしにきてや。」


こくりと頷くのを見てから僕は笑ってほなと手を振る。毎回のこと、瞬間移動みたいなんで移動されるのはなれてしもた。


「…さてと…。」


羽織の脱いで、刹にかけてやる。変な咳しとる言うし、心配や。


「おやすみ、」







20110117



彼方には愛される刹、所詮家族愛どまりです。









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