空を見上げた1 | ナノ
まだ助かると背負った屍



助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい、目の前で眠る彼にそんな念しか浮かんでこない。一通りの手当ては山崎君達が施してくれているみたいだ。死ぬか生きるかの瀬戸際に俺は昔のことを少し思い出す。まだ幼少の頃のことだ、俺はよく馬鹿を起こして怒られていた事があった。そのあとには必ず山南さんが慰めてくれていたのだ。今思えば、彼もまた兄のような存在だと感じた。


蜩の声が聞こえた。もうそろそろ猿の刻に近いだろうかと思い。山南さんの部屋から出ようとした時だ。小さな声が耳に入って後ろを顧みた。薄く開かれていく瞳に分からぬように安著の息を吐き出した。俺はそっと彼の隣に腰を下ろした。


「そこにいるのは刹ですか?」


「あぁ、体の調子はどう?」


「…不思議な感じですね。体の奥底から力が漲ってくる様な。」


「………そうなんだ、」


「刹?」


山南さんは重々しげに手を伸ばして俺の頬を撫でた。


「泣きそうな顔を、していますね。」

「……、」


「笑ってください。貴方にそんな顔は似合いませんよ。」


「ありがとう、」


「そうです、笑ってください。」


小さく微笑を漏らして俺は山南さんの手を握った。とくとくと聞こえてくる脈に生きていると実感して安心した。これでようやく重苦しい気持ちから開放されそうだ。





***





朝、会議室へと集まっている皆のところに山南さんの峠は越えたとの知らせが入った。


「今はまだ寝てる。……静かなもんだ。」


そんな井上さんに永倉が誰もが思っている疑問をぶつけた。


「山南さん、狂っちまってるのか?」


井上さんは首を振った。


「……確かなことは起きるまでわからんな。見た目には、昨日までと変わらないんだが。」


「………山南さんは狂ってないよ。」


皆の視線が俺へと向かう。俺は昨夜のことを話した。


「…それって、夜遅くまで山南さんの部屋にいたってこと?」


「あぁ、そうだ。」


「狂っとったら危なかったんやで?」


「刀は持っている。」


俺の目の前で二人は溜息を吐いた。どうして溜息なんか吐く必要がある?と内心疑問に思ったが絡まれても面倒なので無視した。


「で、狂っていないってそれは確かなのか?」


「あぁ、実際正気だった。」


なら、一安心かと土方さんは肩の力を抜いた。すると不意に襖が開かれた。そして顔を出した人物に無意識に舌打ちが出た。近藤さんの一瞬の視線が痛かったが、もう心思うままに部屋を出た。ひょこひょこと付いて来る彼方に少し清清しさを感じる。


「はぁ、刹が出てきてくれてよかったわ。」


「彼方でもあいつは無理か?」


「当たり前や!衆道とか噂されてんねんで!?目付けられてみ、体が凍る!!」


久しぶりの彼方の剣幕にははっと笑った。


「………やっと笑てくれたなぁ。」


「…?」


「最近笑ってなかったの、自分知らんかったんやろな。」


ほとんど眉間に皺よっててんと話す彼方に気を使わせていたこと少し悪く思った。それこそ似たような境遇で幼少より共にいるのだ。彼方だけにはそんな気を使わせたくは無かった。


「…こんな窮屈な生活の中で笑う方が無理だと思うぞ。」


「せやなぁ、でも笑わな。辛気臭いのよりはいいんちゃう?」


「だとは思うけどな。」


急に黙りこくった俺に彼方はお得意のつくり笑いを止めて俺の目を見た。おれよりも一尺ほど高い背に俺は自然と見上げることになった。


「刹、僕になんか隠してない?」


「…何故そう思う。」


「いつもの刹らしくない。些細なことには敏感になってるし人の死に情を抱き始めてる。何でも切り捨ててきた昔の刹とは少し違うと思ってな。」


相変わらず俺のことは何でも知っていると感じた。それほどまでに見ていたのか、それとも分かりやすかったのか。確かに俺はあの池田屋の日から可笑しい。急に耳は良くなるは目の視力が高くなるわ、鼻も少し離れたくらいの人物のなら分かるようになってきてる。もう一つあげれば、少し日向に近づきにくくなって来た。別に昔のように苦手でもないとは思うが反射敵に気配を察知すれば少しばかり避けてしまうのだ。何が原因なのかは分からない。ただそんなことが続く中で脳裏に過ぎるのは金糸の男。風間千景の姿だ。声を思い出すのは持っての外だ。頭が割れそうになる。


「まぁ、」


彼方の手が頭にとすんと乗った。くしゃくしゃと撫でられて乱れる髪が心地いい。


「刹になんかあるんやったら、僕が助けたる。だから、」


安心しときと額に口付けが落とされた。幼少より彼方曰くおまじないだとか。別に嫌いでは無いしいやだとも思っていないので抵抗はしない。


「本当は普通の女の子みたいに、着飾って普通に暮らすんがいいんやと思う。やけど、僕は刹には此処に居って欲しい。」


「当たり前だ。此処新選組にいるからこそ俺は俺であり続けられるんだ。」


彼方がしてくれたように俺からも彼方の額に口付けを送る。彼方がいなくならないようにだ。一人だと双孤の意味が無い。



「堪忍やで、僕の我儘や。」


「そんな我儘なら大歓迎さ。」






20110115





この話個人的に好きですね。この三人好きです。今回は総司出てこなかったけど、また三人で絡ませたいです。ではでは、雪子さんよろしくお願いします。






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