空を見上げた1 | ナノ
問われた言葉に乱れた心

元治二年二月、雪村が此処に来てから一年。土方さんの小姓にもなれたものだなと少し感心した。そして、今年で俺と彼方は二十になった。それ以外はほとんどこれと言った変化は無い。ぁ、総司や土方さんに性格がほんの少し丸くなったといわれたことはあったと思う。自分自身そんなつもりはないが…。俺は、此処での生活に慣れただけだけだと思っている。以前の禁門の変で負った傷は完治はしたが、傷跡がくっきりと胸元に残っていた。それを嬉しく思いつつ、食事にも顔を出すようになった。昔ながらの職色がほんの少し増えている気がする。それでも体が十分に治ったので満足だ。慧や原田のことも悪く思っていた頃とは大分打ち解けた方だと思う。…そんなことを思っていた時だ、土方さんがポツリと呟いた。


「八木さんたちにも世話になったが、この屯所もそろそろ手狭になってきたか。」


それに賛同するように永倉がしみじみとでもするように口を開いた。


「まあ、確かに狭くなったなあ。隊士の数も増えてきたし…、」


「広い所に移れるなら、それがいいんだけどな。雑魚寝してる連中、かなり辛そうだしな。」

八木さんに世話になっている屋敷は広いといっても部屋の数にも限りがある。それに藤堂が江戸へ出て新入隊士をかき集めていると言うこともあった。それゆえ、少しずつ増えていく隊士達に対し、一つの部屋に何人もほいほい詰め込んでいると少々無理が出てくる。


「だけど僕たち新選組を受け入れてくれる場所なんて、何か心当たりでもあるんですか?」


「…俺も総司と同じ意見だ。」


総司が言うことも一理ある。何処の誰が人斬り集団に広い場所を貸してくれるというのだ。土方さんもそれを分かっているのか、重々しそうにその口を開く。


「――西本願寺。」


俺と総司、彼方はお互いを目を合わせてから笑った。


「あははは!それ、絶対嫌がられるじゃないですか。……反対も強引に押し切るつもりなら、それはそれで土方さんらしいですけど?」


「俺もそう思うっ。」


「僕もやなぁ。絶対嫌な顔されるとおもいますけど。」


面白い物のように笑う総司達と俺にごほんと土方さんが咳払いをした。それでようやく収まってくる笑い。


「確かにあの寺なら充分広いな。……ま、坊主どもは嫌がるだろうが。それに西本願寺からなら、いざと言うときにも動きやすいだろ。」


原田の言うこともまた一理合った。場所的にもあの場所は動きやすく、僧たちを黙らせれば問題も無い。


「……そんなに、嫌がられそうなんですか?」


おずおずと言う雪村に一君はいつもの調子で答える。


「西本願寺は長州に協力的だ。何度か浪士を匿っていたこともある。」


「あっ……」


雪村が納得し、次にと後味の悪そうな顔をした。


「……向こうの同意を得るのは、決して容易なことではないだろう。」


「つまり、我々が移転すれば長州は身を隠す場を一つ失う、ということです。」


続くように言うと雪村は目を見開いた。そんなとき山南さんが口を開く。もちろん、その話には俺達は賛成だ。


「僧の動きを武力で押さえつけるなど、見苦しいとは思いませんか?」


窘めるように言うが苛立ちが隠しきれていない。対して土方さんは宥めるように言った。


「寺と坊さんを隠れみのにして、今まで好き勝手してきたのは長州だろう?」

「……過激な浪士を押さえる必要がある、と言う点に関しては同意しますが、」


山南さんはまだ不服そうだ。だが納得はしている。昔に戻ったような感じで少し肩の力が抜けた。


「歳の意見はもっともだが、山南君の考えも一理あるな。」


そこで漸く話を聞いていた近藤さんが口を開いた。


「さすがは近藤局長ですねえ。敵方まで配慮なさるなど懐が深い。」


「む?そう言われるのはありがたいが、俺など浅慮もいいところですよ。」


持ち上げられた近藤さんは素直に照れて頬をかく。


俺からしてみれば、苛立たせるには十分な人物だなと思う。俺自身、この伊藤甲子太郎と言う男。先日江戸へと言っていた藤堂や近藤さんが連れてきたらしい。藤堂はまだ江戸だ、ということは近藤さんが連れてきたのだろう。聞いた話ではこの男は藤堂とも親交のある北辰一刀流剣術道場の先生らしい。そして、この男。俺が聞いた話では尊王攘夷派の人間という。そんな人間が此処にいることだけで不愉快極まりない。隙を見れば寝首をかいてやろうと思うほどだ、だが土方さん曰くこの二人は攘夷、という面で合意したんだろうということ。だから無闇に双孤と言う権限を持ってしても迂闊には手を出せないのだ。


「山南さんは相変わらず、大変に考えの深い方ですわねぇ。…まあ左腕は使い物にならないそうですが、それも些細な問題ではないのかしら?」


彼の発言に場の雰囲気は一変した。


「剣客としては生きていけずとも、お気になさることはありませんわ。山南さんはその才覚と深慮で、新選組と私を十分に助けてくれそうですもの。」


伊藤の言葉は、心をえぐるもの。山南さんは何も言わずに押し黙っている。彼が腕の怪我にどれだけ苦しんでいるか、それを知っている皆は一挙に殺気立つ。俺はばっと立ち上がった。


「あら?どうかしましたか、刹さん。」


ふつふつと上ってきていた怒りがその一言で溢れかえる。もう俺は立場がどうとか気にもせず、相手の首元に向けて一気に抜刀した。


「!――刹!!!」


ぴたり。まるで案じにでも掛けられた様に体が止まった。あと目と鼻の先で首を跳ねれたと言うのに。悔しい、苦しい、苛々する。近藤さんの目は怒りをあらわにしている目だ。あとで何を言われるか分かっているから尚困った。俺が刀をしまったのを見越したのか、今度は土方さんが口を開いた。


「…伊東さん、今のはどういう意味だ。」


土方さんの口調は強く、詰問に近いものだ。


「あんたの言うように、山南さんは優秀な論客だ。……けどな。山南さんは剣客としても、この新選組に必要な人間なんだよ!」


土方さんは声を荒げて言う。山南さんは新選組に必要な存在だ、それはずっと小さい頃から彼を見ていたから分かる。土方さんはそれを心の底から信じているのだ。


「ですが、私の腕は……」


山南さんはますます暗い顔をした。刀を握ることが不可能な彼は剣客としての自分を求められても応えられないのだ。


「あら、私としたことが失礼致しました。その腕が治るのであれば何よりですわ。」


伊東は目を瞬いた後、にっこりと微笑んで謝罪した。山南さんは再び黙りこくる。


「……くそっ」


土方さんは小声で悪態を吐き、いまいましそうに顔を歪めた。それは誰だって同じことだ。張り詰めている空気に視線を泳がせながら、場を収めようと近藤さんは言葉を選んだ。

「……も、もし良ければ隊士たちの稽古でも見学に行きませんかね?」


「まあ……。素敵なお誘いですわ。是非ご一緒させて頂きますわ!男たちの汗臭さへ浸りにいくのも、実に愉快なことじゃございませんか!」


「汗臭さですか?……確かに道場は、熱気がこもってるかもしれませんが。」


気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い、いっそこの場で斬ってしまいたい。切腹になっても構わない。腹立たしいことは腹立たしいのだ。

ちらりとこちらをみた伊藤がふふっと笑う。それに俺が殺気だったのは言うまでも無い。そいつを庇う近藤さんも今は解せない。


「…刹。」


山南さんの言葉が空気を震えさせる。それに皆が俺の方へと視線を向けた。隣にいる総司も俺の気持ちが分かってか何も言わない。俺はあふれ出している殺気と闘志をそのままに皆を見渡して一言だけ呟いた。


「近づくなよ。今の俺は何をするかわからねぇぞ。」




20110115



伊藤さん嫌いだな…。次、雪子さんよろしくお願いします!!






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