空を見上げた1 | ナノ
やさしい速度で壊れていく

藤堂、沖田、その他の動けない隊士以外は直ぐさま準備をし、屯所を出た。そうして向かった伏見奉行所では要請など知らないと追い払われ、次に会津藩に行けば九条河原に向かうように告げた。だが会津藩と待機と言われた我々に彼らは知らないと言った。伝達すらままならないとは。だが近藤さんや土方さん、それから井上さんが上手く話し、私たちはそこで待機するようになった。だが、話によれば結局ここは会津の予備兵。会津藩の主な兵は蛤御門を守っているらしい。全く、一刻なんて争っていないではないか。

だが向こうからは沢山の音が聞こえる。多分、私だけ。そう思えば西条さんが私にしか聞こえないはずの向こうからした少し大きな物音が聞こえると同時に眉間にシワを寄せた。……最近は、考えすぎだ。私はふう、と息を吐き下で個人個人で話をしたり大人しくしてる輪から抜け、木に登ると目を閉じた。




***




眠りについた訳ではなかった。緊張感で寝れるはずがなかった。そして明け方になった頃。ばぁん、と人間にも聞こえる砲声。それから町の人々の声。耳がじーん、とするがそれに耐えて新選組の面々を見る。
主が私に頷いたのを確認し、走り出す皆の中に混ざる。が、


「待たんか、新選組!我々は待機を命じられているのだぞ!?」


会津の役人が横槍を入れる。


「ほんま、面倒な。」


ぽつりと不服そうな顔をした彼方が相手に聞こえないように呟いた。そしてそんな彼らに土方さんは説得を繰り返す。声を荒げる役人は永倉さんが相手をしていた。だがそんな土方さんも叫ぶ。


「てめえらは待機するために待機してんのか?御所を守るために待機してたんじゃねえのか!長州の野郎どもが攻め込んできたら、援軍に行くための待機だろうが!」


「し、しかし出動命令は、まだ……」


役人の言い訳を半ばまで聞かず、彼はぴしゃりと言った。


「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」


「ぬ……!」


土方さんは彼らの返答を待たず、風を切るように歩み始めた。それに続くように我々も行く。

行き先は、蛤御門。

私は戦場を見つめた。そして結局会津の予備兵の彼らも、私たちの後ろを続くようについて来たのだ。だが、私たちが蛤御門についたとき、戦闘は終わっていた。道には負傷者がごろごろと頃がっているのが嫌でも目に入る。


「酷い有様ですね、」


主人に言うと彼も頷いた。そこから数名の隊士が情報を集めるべくあちこちへ散開する。


「平気ですか?」


「あ、…あぁ……」


傍にいた負傷者に声をかけ、傷口にいつも持ち歩いている軽い医療品で手当をしていく。幹部の話に私が入ったところで仕方ないだろう。怪我人は酷いものから軽いものまで。雪村さんが途中手伝おうとしていたが丁重に断った。


「貴方はやめておいたほうがいい。」


「で、でも……」


「大丈夫ですよ。」


そう言い、私は話を切るようにまた怪我人の元へ向かう。治療していて気付くのは銃での傷が多いこと。

だが銃弾を抜くことはしなかった。ただ、治療し終えた怪我人を運ぶ人間に傷の具合だけを伝えた。

そして土方さんが集まった情報を元にし、それぞれに役割を下したところで私は治療を他の人間に任せる。

少し前を走る主に追いつく。


「公家御門ですか。」

「ああ。」


傍には瑠璃崎さんもいた。双狐の二人は、今回ばかりは団体行動らしい。また、ここで一人で行動する奴はよほど腕に自信のある奴か馬鹿だけだ。
西条さんと雪村さんは土方さんについて行ったらしい。

そして公家御門に辿り着いた私たちが見たのは未だ小競り合いが続くそれ。蛤御門から移動して来たらしい所司代の人間と、まだ諦めていない長州兵たちが戦い続けている。


「行くぞ。」


主はそう言うと戦場の真ん中に突っ込む。勿論私も続く。瑠璃崎さんも続く。


「御所へ討ち入るつもりなら、まず俺を倒してから行くんだな!」


淡い微笑槍を構える彼の横で懐から鉄がつらなった鎖を構える。鎖の先にはクナイがついている。


「ほんま、格好ええな〜。」


そう言って構える彼の顔も笑っているが真剣だ。


「くそっ!新選組か!?」


「――死にたい奴からかかってこいよ。」


挑発するように言う主に長州兵が切り掛かる。それは一人ではなく、怒声が響き乱戦になる。

私も鎖を巻き付け、敵の腕から刀を落としそのまま手首を切り付ける。

そんな細かい作業を繰り返す。私の任務は殺しじゃない。あくまで追い払うことだ。土方さんが主にそう命じたなら私もそうだ。

だが、御所防衛側に新選組の援軍が加わったのだからその乱戦も長くは続かなかった。


「……最早ここまでかっ!」


敵がそう言った私の背中には何か悪寒のようなものが走った。


「逃がすな、追えっ!」


所司代の役人が声を張り上げる。

が、それはしんがりにいた男の言葉と行為にあっけなく怯む。


「ヘイ、雑魚ども!光栄に思うんだな、てめえらとはこのオレ様が遊んでやるぜ。」


言うが早いか、その人物は銀色のそれを掲げ―――。


直後、甲高い音が響き一人の人間が倒れる。


「拳銃……、」


「なんだァ?銃声一発で腰が抜けたか。」


足を止めた役人を見回し、彼はいまいましげに顔を歪めた。私はぎゅう、と鎖を握る。


「遊んでくれるのは結構だが……、お前だけ飛び道具を使うのは卑怯だな。」


「主……?!」


彼は皆が手を出さない中、一人間合いを詰めていたのだ。


「はァ?卑怯じゃねえって。そっちこそ長物持ってんじゃねえか。」


双方がにやりと挑戦的な笑みを漏らす。そして突如突き出された槍は鋭く宙を裂く。長州のその人物は間近なそれを軽く避ける。


「……てめえは骨がありそうだな。にしても真正面から来るか、普通?」


「小手先でごまかすなんざ、戦士としても男としても二流だろ?」


淡い笑みと共に返された言葉に、ひゅう、と彼は面白がるような口笛を吹いた。


「……オレは不知火匡様だ。お前の名乗り、聞いてやるよ。」


「新選組十番組組長、原田左之助。」


お互いに好敵手と認めたのか?いや、だかあの男はまずいような……だが口に出せば主の面子が………。


空気は相変わらず緊迫していたが二人の表情には少しの悪意も浮かんでこない。対する慧は尚もこの状況をおかしな方向で考えていた。

主の考えをへし折るわけには……!

一人でなら頭を抱えたいくらいだ。だが慧の表情は相変わらずの無表情。彼方にはただただ二人のやり取りを見守っているように見えてほんまに好きなんやな〜、と一人感心していた。


「不知火だったな。お前さ、この討ち入りは失敗するってわかってたんだろ?」


主が言った唐突な言葉に対峙する彼は当たり前のように言う。


「まァな。御所に突入するにしちゃあ、こっちの人数が足りな過ぎんだろ?」


討ち入りは失敗が当然だった。

主は肩をすくめた。


「逃げた連中はこのまま見逃してやるよ、俺達の仕事は、御所の防衛が第一だからな。」


不知火さんはため息を吐き、銃をしまった。


「……命拾いしたな、てめえら。」


そして彼はその場にいる人間を軽蔑を含んだ眼差しで見回した。そして主で視線を止め、強い殺意をみなぎらせた。


「新選組の原田左之助。――次は殺す。オレ様の顔、しっかり覚えとくんだな。」


彼はそう言うとそのままこちらを見た。その瞳に殺意が篭っていたかは曖昧だが彼は、"私"を見た。周りにはただこちらの人物を見ただけに見えるかもしれないが確かに視線が合った。あの、明るい赤の瞳。


「…………。」


私はなんとも言えない妙な気持ちに襲われた。と同時に泣きたくなった。そうして彼は返事を待たずにその場を去った。

槍を下ろす彼に駆け寄る。


「……主?」


「……今更逃げたって、ただ辛くなるだけなんだろうけどな。」


確かに長州の人間は負けたのだから帰る場所なんてない。主の言っていることもわかる。


「……ですが、生きているのが一番では?」


彼は私の頭を撫でただけでそれには何も言わなかった。


「不知火の奴とは、また会うことになるかもな。……そんな気がする。」


彼は私の少し長い前髪を上げながら言った。


「……好敵手、と言うものですか?」


「さあな、それはこれから次第だ。」


主は持ち上げていた私の前髪を下ろすと帰ったら前髪切るかと私に言い、頭を撫でて歩き出す。


「………??」


私は自分の鼻くらいまであるざんばらな前髪をひとふさつまみ、見つめた。


そこからは後始末だった。負傷者の応急処置には知識のある瑠璃崎さんと私が少なからずその場では貢献した。





110113



書いた、書いた。柔華とはまた違ったストーリーにしました。

二回連続でした。



雪子



- 23 -
← back →