空を見上げた1 | ナノ
夕凪が消えるまで

ずっと、ずうっと考えた。彼女が言う金髪の男、というのは私が感じた妙な気配の男だろう。だが、血を入れたから可笑しくなった。血を入れることで何かが変わるような人間。西条さんが何者かは知らない。


「血を入れる、……まるで契約だな。」


慧はぽつりと呟いた。頭の中で何かが繋がりそうなのにどこかでそれはばらばらに打ち砕かれる。


「慧ちゃん、行くぞー!」


稽古終わりの永倉さんに呼ばれ共に広間に入る。しばらくすると雪村さんがお茶を持って来た。幹部全員と瑠璃崎さん。それから私と西条さんのぶんだ。大変だっただろう。


「すまねぇなあ、千鶴ちゃん。そうやってると、まるで小姓みたいだな。」


雪村さんはなんとも言えない顔で笑った。そんな様子で千鶴はお茶を配っていく。


「ありがとう、雪村君。……すまんねえ、こんな仕事まで。」


「あ、私なら大丈夫です。皆さんには、お世話になってますし。」


本当に申し訳なさそうにする彼に千鶴は手を横に振った。


「慧、変えてやるよ。」


「…………。」

横に座っていた主に頭を下げてお茶を交換する。お盆を持ったまま座った彼女はしゅん、となっていた。


「…冷めてましたよね。すみません。」


「ん?いや…こいつすっごい猫舌でさ。あったかい茶は苦手なんだよ。」


「え!?」


彼女は驚いた様子で私を見るが私はずず、と温いお茶を啜る。それに冷めた茶を私に回すなんて…私が猫舌でなければ主がただの意地悪になってしまう。

引き戸が開いたのはそんな時だった。


「会津藩から正式な要請が下った。只今より、我ら新選組は総員出陣の準備を開始する!!」


現れた近藤さんは朗々とした声で告げる。


「ついに会津藩も、我らの働きをお認めくださったのだなあ。」


号令をかけた近藤さん自身が一番嬉しそうだ。まあ、会津からの要請なら嬉しいだろう。だが人間とはいい加減な生き物だから……実際はどうだか。浮き出つ周りとは対照的に、土方さんは苦い顔をしている。


「はしゃいでる暇はねえんだ。てめえらも、とっとと準備しやがれ。」


話を聞くとどうやら長州の兵はもう布陣を終えているらしい。長州、仲間を殺されたんだ。いつかこうなるとはわかっていたが随分早いな。


「ったく……。てめえの尻に火がついてから、俺らを召喚しても後手だろうがよ。」


土方さんは吐き捨てるように言った。私もそれには同意したいと思う。


「沖田君と藤堂君は、屯所で待機してください。不服でしょうが、私もご一緒しますので。」


そう言った山南さんは軽く左腕を摩って目を伏せた。


「君たちの負傷が癒えていないように、私の腕も思うように動きませんから。」


山南さんは微笑みながら言った。


「傷が残ってるわけじゃないですけどね、僕の場合。でも確かに本調子じゃないかな。」


だが自嘲めいた彼の言葉を沖田はあっさりと切り捨てた。まあ、確かに…もう慣れた。


「オレだって別に大した怪我じゃないんだけど。近藤さんたちが過保護過ぎるんだって。」


平助はぶつぶつと不満を口にした。心の中でそんな彼に首を振った。


「大した怪我じゃないとか嘘吐くなよ。昨日も傷口に薬塗られて悲鳴上げてただろ。」


「うわ、そういうこと言う!?左之さんは武士の情けとか無いの!?」


「けど、本当のことだろ?」


確かに。薬を塗られている間の平助は実に滑稽だったな。

「……せめて女の子の前では、黙っててくれたっていいじゃん。」


ちらっと平助は千鶴を見た。


「……あ、別に大丈夫だよ?痛いものは痛いんだと思うし。」


そんなとき永倉さんがふと口を開いた。


「そういえば、千鶴ちゃん。もし新選組が出陣することになったら一緒に参加したいとか言ってたよな?」


「……え?でも、あの……」


彼女は少し戸惑いながら言葉を探す。


「おお、そうだな。こんな機会は二度と無いかもしれん。」


「――え!?」


私も飲んでいたお茶をぐぼっと、変な音を立てて噎せた。


「うわ。いいなあ、千鶴。折角だしオレの分まで活躍してきてよ。」


「――か、活躍!?」


私はふと雪村さんが刀を振るう姿を想像してやめた。土方さんはふう、と呆れたため息を吐いた。


「今度も無事で済む保障はねえんだ。お前は屯所で大人しくしてろ。」


「君は新選組の足を引っ張るつもりですか?遊びで同行していいものではありませんよ。」


雪村さんはう、と言葉に詰まった。


「山南総長。それは――、彼女が迷惑をかけなければ、同行を許可すると言う意味の発言ですか?」


「え?」


西条さんと沖田さんの隣にいた斎藤さんが助け舟を出した。それに山南さんは随分驚いたらしい。


「……まさか斎藤君まで、彼女を参加させたいとおっしゃるんですか?」


山南さんが確かめるような尋ねれば斎藤さんは緩く首を左右に振った。


「彼女は池田屋事件において、我々新選組の助けとなりました。働きのみを評価するのであれば、一概に足手まといとも言えないかと。」


斎藤さんの言葉を聞いて近藤さんが頷き言った。


「よし、わかった!君の参加に関しては俺が全責任を持とう。もちろん同行を希望するのであれば、だが。」


「あ、あの……」


雪村さんは一旦戸惑ったように言葉を止める。ちら、と雪村さんが見たのは沖田さん。


「戦場に行くんだってわかってるなら、後は君の好きにすればいいと思うよ。」


沖田さんの軽く投げやりな言葉を受けて彼女は再び口を開いた。


「じゃあ、私…参加させてもらいます。」


……。



私はすっかり冷めきったお茶を飲んだ。


冷めたお茶は少し苦かった。





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きりよく止めました。…きり、いいよね?

ふうちゃん、続きよろしくです。


雪子



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