空を見上げた1 | ナノ
死にたくなる風景

「…………。」




長い夜が明けた。池田屋の討ち入りは一刻程度。だが、私には長く感じられた。あの男と対峙した瞬間は今思いだしてもその通り、尻尾を巻いて逃げたくなる。池田屋にいた尊王攘夷過激派の連中は二十数名だと言われている新選組は七名を討ち取り、四名の浪士に手傷を負わせた。後でわかったことだが、会津藩や京の所司代の協力のもと、最終的には二十三名を捕縛することに成功した。彼らの逃走を助けようとした池田屋の主も、改めて捕縛されることになったらしい。新選組は良い意味でか、悪い意味でかはわからないがまた有名になった。私からしたら目覚ましい進歩だ。だが新選組だって何もなしにこれを成し遂げたわけではない。沖田さんは胸部に一撃を受け、気絶していた。平助は額が切れ、血が止まらなかった。永倉さんも左手に刀を握って戦っていたのが不思議なくらいな怪我をしていた。だが皆、命に別条はないらしい。そして裏庭にいた隊士が一人戦死した。他にも二人命に関わるような怪我を負った。多分、もう助からない。


そうしてこの事件は後に、池田屋事件と呼ばれる。





***




元治元年七月池田屋事件が終わり雪村さんの外出回数が増え、彼女は嬉しそうだ。今度土方さんに頼み込んで皆さんの団子でも一緒に買いに行きましょうね、と言うとまた嬉しそうに頷いた。

だが、私はあの池田屋事件以来あまり西条さんとは喋っていない。

何故か?そんなことは簡単だ。私が避けているから。元より会話は少ない私たちだが別に嫌いじゃない。まあ、生半可な覚悟の発言は今思い出しても腹立たしいがやはりそこは年上の威厳を貫こうではないか。




「…………キャン、」



暑い。そう言ったつもりが平助にぎゅっ、と抱きしめられる。


「お前可愛いな〜。」


「だめだよ、平助。僕にもちょうだい!」


「あああ!!総司の馬鹿!」


何故、取り合われなければならない……。暑い季節になり、私は毎年恒例のように狐になっていたが、平助は私を見つけるのが上手く私は平助一人にもふもふとされていたがそこに登場総司くん。
そりゃあ楽しげに笑っていた。


ただ、木陰にいただけなのに……。


「にしてもこの子も通だよね。江戸から京にまで来てるんだから。」


「それは俺が恋しいんだよ。」


「何言ってるの。」


沖田さんと平助は笑った。ああ、今頃主は巡察か…。そう思いながらボサボサにされる。昔の私なら有り得ないな。そう思うと同時に慧は沖田の手の内から逃れる。


「あ!」


「フラれてやんのー!」


「平助くんには言われたくないよね、それ。」


「総司。と、平助。」


楽しげに談笑する二人の間に入ってきたのは三つ編みを揺らした刹。


「なんかついでみたいな…」


「姿が見えなかったんだよ。」


沖田はそんな二人を余所にお茶を飲みながら懲りず慧にチチチ、と舌をうちながら手を振る。


その手を構えるように見つめる狐に刹は視線を向ける。


「ああ、こいつ……」


「そう、また。可愛いよ、な………?」


狐はきつく彼女を睨みながら後ろに下がる。今にも牙を向きそうだ。


「……え、お前どーした?」


平助が近寄ろうとするとそれを除け、刹が突然豹変した狐に近寄る。


「どうした…?」


優しい物言いで言う刹はしゃがみ込むと目線を合わせ手を出す。その手には池田屋事件で負ったまだうっすら傷の残る腕。慧は瞳孔を開くようにそれを見つめると…噛み付いた。


「っ……!」


「は!?」


「!」


三人は野生の狐であると思っている。だが、今まで噛まれたこともない。ひっかかれた、と言ってもそれは何らかの事故があってで自分たちを傷つけようとしてしたことではないのは誰が見ても一目瞭然だった。つまり、この狐が噛む姿を初めて見たのだ。


「刹……。」


「大丈夫だ。」


刹はそう言い近づこうとする沖田を止める。
慧は思う。


ああ、やってしまった。やってしまったやってしまった……!


腕から牙を抜くと自分の口の中は鉄臭さでいっぱいだった。彼女の腕には自分の歯型がつき、血が溢れている。


慧はどうすればいいのかわからなくなり、中庭に向かって走り出した。途中平助が止める声がしたが気にしない。






***





中庭でまず慧がしたことは口を濯ぐことだった。血がべったりついた口で彼女にどれだけの力で自分が噛み付いたかがわかる。


何度も何度も井戸の水で口を洗う。


「………うっ、」


慧は込み上げてきた不快なものを抑えるように口をふさぎ体を丸めた。


「有り得ない。有り得ていいはずがない。だって……彼女は人間だろう?日向慧。何を怯えている。怯えるな。お前に怯えるものなんてここにはない。ここにはない。しっかりしろ…。」



自分に言い聞かせぎゅ、と濡れた手で体を抱きしめ何度も言い聞かせた。







110108




いやはや、ゴメンなさい。素直に謝ります。怪我させてゴメンなさい(土下座)

んで関係なく思う。柔華の慧とここの慧はなんだか別人だ。昨日柔華を見て思いました。

…どうかこちらの慧もよろしくお願いします。


雪子



- 18 -
← back →