空を見上げた1 | ナノ
その光景

「…………。」


「慧、何しょげてんだよ。」


ぽんと背中を主に叩かれる。


「……先程西条さんに、なんていうか…双狐のことを、怒ってしまって…なんて言えばいいかよくわからないんですが…。」


討ち入り前は慌ただしく、屯所もざわざわとしている。


「……つまり?」


「謝るべきかな、と。」


「まあ、お前が悪いなら謝るのが妥当だろうな。」


主は私の頭をぽんぽんと叩きながら言った。


「……でも、でも!生半端な覚悟で此処にいるなら出て行け、とか…ここじゃお前は特別じゃない!とか眉間にシワを寄せながら言うんですよ。」


「あ〜、それは。」


主は言葉を濁す。普通に考えて私が悪いだけではない気がする。


「あんな人間のガキに……。これだから人の子は。私が特別じゃない、なんて当たり前でしょう。あ、主は私にとって特別ですよ。でも……生半可な覚悟、なんていうのは聞き逃せませんね…。」


そのとき原田が見たのは髪の間から見える背筋が震えそうになるほど底冷えした鋭い目。原田は目の前にいる小さな少女のことを全て知っているわけではない。だが、彼女が自分を一番と考えていることは知っている。そんな彼女はきっと自分が新選組を裏切ると言ったとき自分と共に行くのだって目に見えているし、自分が死ねと言えばその一言で彼女が命を絶つのもわかっていた。そう、それでも自分は彼女のことをまだ全て知らないのだ。だから、彼女が自分に対する思いが生半可な気持ち、と言われて何故これ程までに気が立っているのかもわからない。慧が原田に対する忠誠の心はきっと本人もわからないほど広いのだ。原田が基本的には穏やかな慧がここまで気が立っているのを見るのは久しぶり、ということは間違いないのだ。


「慧、」


「………。」


無言で自分を見る忍の女。じっ、と見つめると次第に慧の目がいつものように戻る。それはさっきまで殺気に似た雰囲気を出していた人間には思えない。


「行くか。」


「はい。」


背中を押してやると彼女は笑う。だが彼女の中の怒りはまだ収まらない。
土方さんの後に続き、彼らは歩き出した。






***

池田屋はここからそう遠くない。私の耳でもまだ聞こえる範囲だ。耳に意識を集中する。池田屋にはまだ踏み込んでいる様子はない。ちら、と四国屋に目を向ける。多分、四国屋は、はずれ。中からそれらしい会話がしない。こういうのは忍一人が中に入り調査をしたほうがいいのだが新選組の忍の手柄、ではなく新選組の手柄とするのが良しだ。


タッ


  タッタッ


「…………、」


足音。せわしない息遣い。臭い。この、雰囲気…。


「お借りします。」


「え、」


近くにいた隊士から火を奪い、それで調度目の前に来た彼女を照らす。


「……!」


「何やってんだ、てめえは。」


火に照らされた雪村さんは安心したのかへたへたと座り込んだ。


「大丈夫か?勝手に屯所から出てると、後で土方さんに斬られるぞ?」


そんな彼女に手を貸しながら主が言った。走ってきた彼女は息のような言葉を吐きだした。


「ほ、本命は……池田、屋……」


彼女の言葉を止め、土方さんは険しい顔で言った。


「本命はあっちか。」


雪村さんは何度も首を縦に振る。

周りもぴり、とした雰囲気に包まれる。


「……敵の会合場所は池田屋である、と?」


斎藤さんが確認するように言い、土方さんは雪村さんを指した。


「山南さんなら脱走を見過ごさねえ。つまり、こいつは総長命令で屯所を出たってことだ。」


主は口笛を吹き、感心したように言った。


「よく俺らと合流できたな。京の地理には詳しくないんだろ?」


そんな主にまだ息をきらしている彼女は山崎さんがここまで連れて来たんだという単語を言う。
私は山崎さんか、と適切な対応をした彼に感心した。


「会津や所司代はどうなった?もう池田屋に行ってるのか?」


土方さんの問い掛けに彼女は首を横に振る動作だけで伝えた。


「ありがとうございました。………雪村さん、平気ですか?」


火を返し、しゃがみ込みそうな彼女の背中を撫でると彼女は頷いた。

土方さんは何かを悩んだあと、直ぐに指示を出した。


「斎藤と原田は隊を率いて池田屋へ向かえ。慧と刹もだ。俺は、余所で別件を処理しておく。」


私たちはそれぞれの返事をすると直ぐさま動き出した。


「おまえもこれ以上の単独行動は危険だ。俺たちか土方さんか、どちらかに同行しろ。」


雪村さんは土方さんの共に行くことを選んだ。彼なら乱戦のようにはならないだろう。


「慧、お前は先に行って状況を確認しつつ近藤さんに俺らのことを伝えて来い。」


「はっ!」


慧は静かに民家の影の闇に紛れると姿を消した。




***




「…………、」


鼻につく血の香に目を細めた。まだ慌ただしい中。


開いている場所から侵入し、上に張り巡らされている柱に飛び乗る。下では永倉さんや局長。沖田さんや平助の姿は見えない。きっともうじき主たちも来るだろう。西条さんも……。慧はす、と目を吊り上げた。


「ぐあ!」


「………慧ちゃん!」


「む。来てくれたのか!」


一人の足にくないを投げ、上を見た二人に一つ頷き局長の元へ下りる。


「私は先に参りましたがもうすぐしましたら西条、それから隊を率いた斎藤と原田が参ります。土方さんは存じませんが会津や所司代の相手かと。」


「そうか。ご苦労だった!」


彼がそう言うと同時に向かって来る敵の刀に威嚇としてくないを投げる。怯んだそこに局長が切り込むのを見て、私はその場を離れた。


「慧!」


「主、」


暫くすると到着したらしく斎藤さんの隊と西条さんは正面から中に入って行った。


「俺らは裏に回るぞ。」


「は、…!」


裏には新選組の羽織りを着た三人の隊士が倒れ込んでいた。主はその三人の生死を確認しながら声をかけた。状況は増援でこちらが有利になった。が、状況が良いとは言えないらしい。


「……慧、」


「はい。」


目の前に敵を確認し、我々は武器を構える。私が懐から出したのは鉄が連なった鎖。殺すわけではない。だから刃はいらない。


大丈夫か、総司!


 死ぬなよ、平助!


二つの声が聞こえたのはそんなときだった。


「…………。」


いつもなら直ぐに主に言い、飛んで行くが何故か今日は違った。それはこの状況だからとかじゃなくて、もっと別の何かのせい……。


「…慧、ここは任せろ。俺らは平気だ。」


後ろの隊士を見ると私を見て頷いた。


「…失礼します!」


勢いをつけて二階の窓まで飛び上がる。下ではそれと同時に乱戦が始まったらしい。

沖田さんの元には瑠璃崎さんと西条さんがいる。つまり私は平助のもとへ行けばいい。


「へい、す…」


そこにいたのは血まみれで刀を構えた平助。出血が多いのか腕ががくがくと震えている。とてもじゃないが刀を握れるような状態じゃない。

それに、この血は返り血ではない。月で照らされた敵のその姿に私は武器を二本の短刀に変えた。


「平助、下がれ。」


「………慧?」


彼は私の姿を探す。…出血のせいで目がよく見えていないのか?


「……、」


私は武器を握り直す。ああ、最悪だ最悪だ最悪だ。今日はなんて最悪な日なんだ!こんな気配が二つもする宿で私にどうしろと…!私はもう一度ぎゅ、と刀を汗だらけの手で握り直す。


「……私には戦う理由がない。」


「「?」」


目の前の浪士は構えていた手を下ろした。見たところその人物の腰に刀はない。つまり、平助の鉢金を割り砕いたのは、その手。私は床に落ちてるそれに目を向け、考える。この男………私と同じくらい、またはそれ以上の力を……。


「君たちが退くと言うのなら、無闇に命を奪うつもりはありません。」


見逃す……?


確かに、私ではこの男は相手にできない。平助も、今は無理だ。それにこれ以上平助を動かすとそれこそ本当に出血多量で死んでしまう。


「…オレらには、理由があるんだっての。長州の奴らを、見過ごすわけには――」


息を荒く、強気に発言した平助の体がぐらりと傾く。その体を支える。


「決めつけは歓迎できませんな。私は長州に与する者ではありません。」


「なら、どうして、池田屋なんかに――」


息も絶え絶えに言葉を発する。呼吸が、洗い。首に手を置く。脈も……これは早く対処したほうがいい。


「平助、やめろ。」


そんな私の静止を見て、その人物は背を向けた。一度だけ、私のことを見て。


「待ち、やがれ……!」



「馬鹿っ!」


追いかけようとした彼は血溜まりに足を取られ転倒した。


「畜生、畜生っ…!次に、会うときは、覚えとけよ…!」


彼は倒れた体のまま何度も悪態を吐いた。そうして意識は、なくなる。


私は直ぐさま常備している包帯で止血する。傷は骨まではいっていない。


「………平、助。」



口に出した言葉が震えているのにはっとする。ああ、もう…………。
辺りはいつの間にか静まり返っていた。





111007


長っ!いや、でも途中できるのもなあ、と思いまして。最初に少し原田視点みたいなのを入れたかった←

ふう、ストーリー性勝手に決めた感じになってごめんなさい…。頑張ってください!


雪子




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