足りない足 元治元年六月 冬とはあっという間でいつの間にかこのような季節になってしまった。 そんなとき、雪村さんに外出許可が出たらしく彼女は沖田さんの隊、それから西条さんと巡察へ出掛けた。 「………。」 「ん?どうした、慧。」 「あ、いえ。」 門を見つめる私に主は気になるのか?と、私の頭を撫でた。私は耳の傍を撫でられるのが好きだ。猫なら喉を鳴らすことだろう。 「……雪村さんは、不思議な方です。なんていうか、威圧感。それでいて、暖かい、と、言いますか……。」 「まあ、そう感じるのはお前だからだろうな。気になるなら行って来たらどうだ?」 生憎今日は巡察は無いからな、と笑っと私の背を押した。 「……お土産、買って来ます。」 「期待してるぜ。」 彼に一礼し、私は塀を飛び越えた。ああ、きっとまた西条さんに睨まれるんだろうな。でも睨まれるくらいなら表から堂々といこう。 屋根の上に着地すると下に彼らを見つけた。 すたっ、と砂をはためかせ着地すると彼女が少し驚き西条さんが呆れのため息を吐いた。沖田さんはにこにこしている。後ろの隊士たちも驚いたようで申し訳ない。 「日向、お前いつか斬られるぞ。」 「私を斬るのは主だけです。」 山崎さんと同じ形の口布を下ろすととんだ主人愛だな、と呆れたようなそれでいて感心したように笑われた。 「で、慧ちゃんはどうしたの?」 「暇だったもので……。同行してもよろしいでしょうか。」 沖田さんは好きにしなよ、と笑った。 頭を下げ、雪村さんの隣を歩く。 「雪村さんは京に来るのは初めてでした?」 「あ、はい。凄く賑やかな町で驚きました。」 雪村さんのほくほくした笑顔に私も笑顔になる。 「もうすぐしたらお祭りもありますからね。」 「祇園祭、でしたよね。沖田さんが言ってました。」 祇園祭、そういえばあまり行ったことがないな。 「祇園祭、行けるといいですね。」 彼女は笑顔で頷いた。それから彼女が父の、綱道のことを尋ねるのを手伝った。驚いていた彼女だが一人よりは二人です、の言葉に頭を下げた。ふと千鶴は思い出した。食事の最中に、原田が慧を頼れと言っていたことを。自分にもだいぶ優しくなってきた新選組の面子だが日向さんは最初から距離を開ける、なんていうのはなかったなと。日頃の行いが慧の好感度を上げていくのだ。そしてそんな中、父によく似た人物を桝屋という店で見かけたという人物を発見した。嬉しそうに沖田さんに話す彼女を見、それから沖田さんと西条さんに目線を移す。二人は何かを言いかけてやめた。桝屋という店は観察の山崎さんや島田さんが調査をしているのだ。私もたまに加わる。この間は町娘として茶屋で過ごしていた。 「貴様ら浪人か?主取りなら藩名を答えろ!」 後ろから新選組隊士の怒鳴り声が京の大通りに響き渡った。 「あーあ。よりにもよって、こんなところで騒ぎを起こすなんてね……!」 「日向、雪村を頼む。」 二人は刀を抜き、騒ぎの真ん中へ飛び越む。町の人間は逃げ惑う。 「わ、わわ、」 人の波にのまれる雪村さんの腕を掴む。 「雪村さん、離さないで。」 「はい!」 彼女は私の手をしっかり握った。どうする。屋根に登るか。いや、屋根から飛び降りた私が言うのもなんだか流石に目立つ。それに雪村さんが高いところが平気なのか…。ちら、と見ると何かを勘違いしたのか雪村さんは私の腕を引っ張り裏通りに入った。 「し、暫く様子を見ましょう。」 「…そうですね。」 まあ、こういう場所がいいか。屯所に連れ帰るのもなんだし。そしてその乱闘の現場を伺っていたときだ。人の気配がし、私は服装を雪村さんと同じように変える。 「え、」 「坊ちゃんたち、巻き込まれんよう、うちの店へ入りや?」 「え?」 雪村さんが私のさっきの行動に対する驚きとはまた別の声をあげ、振り返った。 手招くその人物は、桝屋の……。 「あの、桝屋さんですか?」 雪村さんが半信半疑で聞くとその人物は優しい笑みを浮かべて頷いた。今日、羽織りを着ていなくて正解だったかもしれない。 「あ、あの!私人を探してて――」 「き、喜右衛門さん!このガキら、さっきまで新選組の沖田と一緒に居たぜ!?」 彼女の言葉は最後まで続かなかった。西条さんはあまり表に出ていないので幸いにも知られていないらしい。 「なっ!?」 店主はそりゃあびっくりしたように声をあげたが対する雪村さんはちんぷんかんぷんらしい。 「新選組だと!?逃げろ!」 店にいた客までもが逃走する。私は直ぐさま意味のなかった変装をとく。 「……君って本当に運が無いよねえ。ある意味、こいつらも、僕も、だけど。」 隣まで走ってきた沖田さんは軽く肩をすくめると桝屋の中に入る。後ろから走ってきた西条さんを見て、私は中へ入る。こういった組みいった場所での乱闘は忍が有利だ。 「雪村さん。西条さんから離れないように。」 「え、日向さん!」 走っていく私に雪村さんが声をかけたが振り返らない。 中に入ると沖田さんに君が来たんだ、と言われた。 「西条さんや貴方に任せて殺されでもすれば困りますので。」 「はは、笑えない冗談だなあ。」 ひぃ、と情けない声を上げるそいつを見下ろすと私は懐から出した紐で手を縛り上げる。それから鉄の鎖で体を縛り上げる。 「わあ、非道だなあ。」 「貴方に言われたくありませんよ。」 沖田さんは楽しそうに笑うと刀の血を払った。 「……慧ちゃん、布か何かないかな。払うだけじゃとれないんだけど。」 「屯所に帰ってからやれば」「土方さんが許すと思う?」 遮られた言葉だがあながち否定できないので懐から包帯を渡してやった。手ぬぐいか何かを期待していたのか少し残念そうにしたが無いよりましと判断したらしく素直に受け取った。手ぬぐい、はあるが……。渡すものか。 土方さんに説教された後は主にも怒られる、または私を出した主が怒られる可能性が高い。ああ、また主に迷惑をかけてしまう。 私は腰をぬかした男とにこにこ笑う男を見つめ、ため息を吐いた。 110106 新年初の小説です。 長々とすみません。 ここから池田屋に突入していきます。 ふうちゃん今年もよろしくお願いします。 雪子 - 12 -
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