空を見上げた1 | ナノ
救われたのに、助からない

あの事件のあと、土方さんによくやったと褒められた。確かに、もしかすると西条さんたちのあのときに手を出していたかもしれない。そしてあの事件から彼女は保護という名の軟禁を強いられている。だが私の日常はさして変わらず、普段通り食事をとり任務、または巡察へ行く。それからひなたぼっこや昼寝、一つ変わったことと言えばたまに彼女の部屋の天井に忍び込み、彼女を監視する。

だがどうやら私のこの日常は今日で終わりと見た。

いや、以前から終わっていたのだろう。彼女が女の子だとばれた日から。永倉さんと平助の驚きかたは一生のねただ。


「……主、御膳がひとつ多くないですか?」


「ん?ああ。お前暫く部屋で飯食ってたからな…。」


その質問に主人が納得したように答えた。どうやら少し前からこの状況らしい。永倉さんも主人も昼間は島原に遊びに行けなくて残念そうにしていた。

そうして暫く話をしているうちに広間に平助に手をひかれた彼女がやって来た。


……成る程。


「遅ぇよ。」


「おめえら遅えんだよ。この俺の腹の高鳴りどうしてくれんだ?」

「新八っつぁん、それってただ腹が鳴ってるだけだろ?困るよねえ、こういう単純な人。」


平助が自分の席につきながら楽しそうに言った。


「おまえらが来るまで食い始めるのを待っててやった、オレ様の寛大な腹に感謝しやがれ!」


「新八、それ寛大な心だろ……。それにお前の場合慧がいるんじゃ怖くてできねえだろ……。」


「う、」


行儀は守らないと。人間ならば常識だ。私は立つ雪村さんを主の横の席に座らせ、自分も永倉さんと主の間に入る。雪村さんは私を見て、少しびっくりしていた。そりゃあそうだろうな。前では沖田さんと西条さんが酒を飲んでいた。


「まあ、いつものように自分の飯は自分で守れよ。」


その言葉で皆がご飯を食べ出す。


「今日も相変わらずせこい夕飯だよなあ。というわけで……隣の晩御飯、突撃だ!弱肉強食の時代、俺達がいただくぜ!」


そう言った永倉さんに平助はおかずをとられる。


「ちょっと、新八っつぁん!なんでオレのおかずばっか狙うかなあ!」


「ふははは!それは身体の大きさだあ!大きい奴にはそれなりに食う量が必要なんだよ。」


そんな会話を聞き、雪村さんは苦笑いしていた。


「千鶴、毎回毎回、こんなんですまないな。」


「……慣れましたから。」


雪村さんはまた苦笑いした。


私は正座をしながらモグモグと食事を進める。私が芋の煮付けに手を伸ばそうとするとちらっと視界に入った平助とばっちり目があった。


「………。」


「…………。」


私は眉を下げながら芋の入ったお皿を平助に渡してやる。


「え、いいのかっ!?」


「食べたいんだろ?」


「なっ!くそっ、平助め。」


「永倉さんも沢庵あげますから。」


扱いが……と、呟く永倉さんを無視して食べ進める。


「慧、人にあげてばっかじゃ後から腹減るぞ?」


「平気ですよ。」


まあ、雑食だからいざとなりゃ……。こう、人間が食べれないものでもいけるといいますか…。主には絶対言いませんが。


「うん、あんまり腹一杯食べると馬鹿になるしね。」


話が進んでいたのか、沖田さんが言った。まだお皿には食事が残っている。


「おいおい、馬鹿とは聞き捨て……だが、その飯いただく!」


「どうぞ。僕はお酒をチビチビしてればいいし。」


もう好きにすればいい。




「慧ももう食べないのか?」


「ああ。」


「じゃあ、俺が食べてやるよ!」


待ってましたとばかりに平助が食らいつく。


もう、好きなようにやってなさい。


「んじゃ、俺も酒にするかな。」


主も待ってましたと言わんばかりに酒に手をつける。昼間に行けなかったからか……。


それに今まで一緒にいた中で主ががつがつと永倉さんのように食べるのはあまり見たことがない。


「慧!おかわり!」


平助が私に茶碗を掲げながら言う。


「……何故、私が。」


「いいじゃん!俺が行くと新八っつぁん絶対俺の食べるんだもん!」


食事中に席を立つのはあまり良いことではないが仕方ない。私は平助の茶碗を片手に部屋を後にする。




***




「千鶴。最初からそうやって笑ってろ。俺らも、お前を悪いようにはしないさ。」


隣の席で原田に言われた言葉に千鶴は嬉しくなった。そんなとき、先程出て行ったこれまた美しい顔立ちの少年の話を持ち出した。


「あの、さっきの人……」


「ああ。日向慧。まだ紹介してなかったな。」


「あ、はい。」


日向、慧さん…。千鶴は頭にその名前を叩き込んだ。前に自分が脱走しようとしたところを止めてくれた。あの時彼がいなければ自分は理由を聞かれる間もなく殺されていたかもしれない。千鶴はそれを考え背筋が冷たくなった。


「千鶴、あいつにだけは惚れるなよ!」


平助が煮干しを口に含みながら言った。


「な、ち、違いますよ!ただ、お礼が言いたいなって……。」


惚れるだなんだという問題ではない、はず。


「お礼、な。慧ちゃんなら全く気にしてないだろうけどな。」


「……ちゃ、ちゃん?」


永倉は自分の失言を悔やんだ。


「慧は女だからな。」


その瞬間広間の空気がぴしりと固まった。


「……へ?」


千鶴は自分から間抜けな声が出たのも気に止めなかった。

だが言った張本人である原田は酒を煽りながらいたって普通に答える。酔っている様子はない。


「さ、左之、ま、まさか俺の失言が……」


「いや、土方さんに言われててな。ま、女同士。慧なら何かと知識だけはあるしな。」


まさか、とうろたえる永倉に原田は答えた。


そう、知識。


忍をやっているのだから勿論武術もお手のもの。


だが彼女は冗談をはい、わかりましたで受けてしまう時がある。何処か抜けているのだ。



試衛館に食客として世話になる前に「人間修業に出ようと思います。」と言われたときは新手の冗談かと思ったくらいだ。そして彼女は宣言通り翌日の早朝に置き手紙だけを残し、去って行った。
慧といると驚くことばかりだな、と原田は思った。


「まあ、何かあれば慧を頼れよ。な?」


隣にいる小さな少女の頭に手をのせると彼女は微笑みながら返事をした。原田はそれに満足し、また酒を飲みはじめた。







***







「……井上さん?」


「ん?ああ……、」


勝手場で平助の茶碗に米を盛り、広間に戻ろうとしたところ、廊下で険しい顔をした井上さんにあった。


「広間にみんなはいるかい?」


「はい。」


「そうか、じゃあ一緒に行こうか。」


私と彼は廊下を歩いた。井上さんの手に文が握られているのを見ると先程の彼の表情からやはり何かあったと見ていいのだろう。


「皆そろってるかい?」


襖を開けた彼は中に幹部らが皆いるのを確認し、話し出す。

真剣な井上さんに場が硬いものへ変わる。


「平助、」


「ん、おう。ありがとう。」


私は平助に茶碗を差し出し、席へつく。


「大阪に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい。」


え!?と、雪村さんが一人声を上げた。

どうやら大阪のとある呉服屋に浪士たちが押し入り、それを退けた際に山南さんが怪我をしたらしい。

「さ、山南さんは…!?」


「相当の深手だと手紙に書いてあるけど、傷は左腕とのことだ。剣を握るのは難しいが、命に別状は無いらしい。」


雪村さんは良かった、て言いほぅと息を吐いた。


「数日中には屯所へ帰り着くんじゃないかな。……それじゃ、私は近藤さんと話があるから。」


井上さんはそう言って出て行った。場は硬い雰囲気のままだ。

そんな沈黙を破ったのは斎藤さんだった。


「刀は片腕で容易に扱えるものではない。最悪、山南さんは二度と真剣を振るえまい。」


「あ……」


雪村さんは要約理解したようだ。


「片腕で扱えば、刀の威力は損なわれる。そして、つば迫り合いになれば確実に負ける。」


「……はい。」


ふう、と正面の沖田さんが息を吐いた。


「薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも、納得してくれるんじゃないかなあ。」


いつもより低い声色で言った彼に永倉さんが言う。


「総司。……滅多なこと言うもんじゃねぇ。幹部が【新撰組】入りしてどうするんだよ?」


「……え?」


千鶴は話の可笑しさに気付いた。

しんせんぐみ……?




「新選組は、新選組ですよね?」


新選組入りしてどうするだなんて、山南さんが新選組に入っていないようだ。

そんな千鶴にわかるように平助が空中で文字を書く。


「普通の【新選組】って、こう書くだろ?【新撰組】は【せん】の字を手偏にして――」


「平助!!」


がっ、と音がし、平助が倒れる。周りも皆、平助が言うことを聞いているしかできなかったのだ。主の判断は仕方ない。

主に殴られた平助は痛そうに頬を抑える。ふう、と永倉さんが疲れたように息を吐いた。


「やりすぎだぞ、左之。平助も、こいつのことを考えてやってくれ。」


永倉さんは、真面目な顔をしながら言った。こいつというのは勿論ながら雪村さんである。


「……悪かったな、」


主人が謝ると平助は曖昧な苦笑いをした。


「いや、今のはオレも悪かったけど……。ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ。」


あれは、痛いだろうな。


「手ぬぐいでも濡らそうか?」


「いや、いいよ。」
平助の腫れた頬を見ながら言った。


「千鶴ちゃんよ。」


後ろでは何やら深刻な話…のような。


「今の話は、君に聞かせられるぎりぎりのところだ。」


何も聞かないでくれ、と永倉さんは言った。これは彼女のためであり、今回はこちらの失態なのだ。


「……でも、」


雪村さんはまだ釈然としない様子だった。


「それ以上は聞くな。…命が惜しければな。」


もう、こんな言葉使いに注意はしたくない。していたらやってられない。それに、雪村さんは西条さんに苦手意識があるのだろう。私が何か言って最近溜まっている彼女の鬱憤を雪村さんに向けられては堪らない。まあ、第一印象はもとより最悪の他ないだろう。

俯いた雪村さんに沖田さんが冷たい声で言う。


「【新撰組】って言うのは、可哀相な子たちのことだよ。」


「あ……」


何も言えなくなった雪村さん。


「お前は何も気にしなくていいんだって。だから、そんな顔するなよ。」


場を取り繕うように言った永倉さんに雪村さんは頷いた。




20101215



ながぁぁああああい、お付き合い(←)ありがとうございました。

てか、刹の影が薄くてごめんなさい!


やっと喋ればあんな台詞…ぐすん←


慧は自分が女だと言うのを千鶴が知っているのは勝手場にいたときに聞いています。なんたって狐だからさ!←

ほんと、すみません。


雪子



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