慶應元年潤五月。 あの二条城の件から随分。屯所にいた私は特に事件の真相を知らされることはなかった。ただ、出向いた先で何かあった、ということ。 そして、沖田さんに抱きしめられ抱きしめ返したこと。あの日のことは忘れない。 私はすっかりかさかさになってしまった手を見た。なるべくケアはしているつもりだが乾燥の続く季節はよろしくない。 私は別に初ってわけではないし、そこらの乙女なみの恥じらいもない。平成を生きていたわけだから別にタンクトップのように肌を晒すことを変とは思わない。 簡単にいうと、あの日のことを私は忘れないということ。ただ、最近彼の咳はますます酷くなっているらしい。彼とよく一緒にいる斎藤さんに聞いた。斎藤さんは斎藤さんなりに心配しているらしい。左利きの斎藤さんと右利きの沖田さん。左右に並べばどちらから抜刀されても安全、というわけだ。 「わ、わわ…!」 「?」 考えごとをしながら歩いていると角を曲がった先に彼女がいた。 す、と無意識に目を細める。 彼女には私が一方的な感情を抱いてるだけ。 それは親愛なんて優しいものではないけれど。いや、私の心に親愛があるからこんなものが湧き出てくるのかもしれない。ごぽりごぽり。 ……やめよう。 「千鶴ちゃん。」 「あ、梓さん!」 どうしたの?と言おうとして私は千鶴ちゃんが見ていた部屋を見る。 「あぁ、健康診断か。」 千鶴ちゃんは恥ずかしそうに下を向いていた。そりゃそうか。こんな純粋な子が沢山の男共の裸(上半身)を見て嬉しいわけがない。あるのはとまどい、か。 かわいいな。 私にそんなのないよ…。だいたい水泳の授業とかあったし…。 「……馬鹿よね。いい歳した人達が。まるで子供ね。」 ふふ、と笑った。中では原田さんと永倉さんが体のできを張り合い。しかもその永倉さんは診てくれる先生にまでアピールする始末。斎藤さんや藤堂さんはやめろと言いたそうだ。いや、実際に言っている。斎藤さんはまじだ。 「…梓さんは、平気なんですか?」 「ん?」 「その…男性の体を見るって…。」 まあ、この時代の子だし。 「平気かなぁ。同年代とかも多いし。私だったら…、」 ふと思う。そういえばみんなの年齢を詳しく知らないな。 「尾崎くんは確実に私と同じくらいかな。」 「?」 「ん、あぁ。ごめんね。…まあ、慣れよ。私なんてもう何年もいるわけだしね。」 あははと笑いながら言った。我ながら悲しい台詞だ。 「あ、そういえば梓さんって実家には帰られないんですか?」 「…う〜ん、ちょっと難しいかな。」 「あ、すみません…。」 申し訳なさそうにされるからこちらも申し訳なくなる。悪いのは私。でも言うわけにはいかないのだ。言ったら、私が築いたものがなくなる。 「あ、梓ちゃん!」 「あら、尾崎くん。」 「名前でいいっていってるのに。」 走りよって来た尾崎くんはどうやら少し前に診察を終えたらしい。 「じゃあね千鶴くん。」 「あ、はい!」 わざわざ名前を男の子のようにしてくれた梓に千鶴は感謝した。 *** 「で?何?おやつの催促なら嫌よ。」 「いやいや、いらないし。」 尾崎くんは苦笑しながら言った。 「ただ見かけたから声かけたんだ。」 「ふふ、私が可哀相にでも見えた?」 「少し、な。」 今度は私が苦笑する番だった。 そして次の日、私たちは先生に言われ隊士総出で掃除を行うことになる。病人がへるなら構わない。…が、普段掃除をしている私はなんなんだ。 0605 戻る |