山崎に手をひかれながら千鶴は走っていた。鬼と名乗る者たちが襲撃してきた。しかも自分を狙って、だ。 こんなことなら残ればよかったのかな…。千鶴は思いながら走る。何度も後ろを振り返りながら。 *** 「っ、はぁ、はぁ…。」 まだ少し息を荒くしながら千鶴は屯所に戻ってきて山崎に言われたことを思い出す。 「危ないから沖田さんか藤堂さんの所へ行けって…。」 ここからなら沖田さんの部屋のほうが近い。 千鶴は足を進めながら彼らに言われたことを思う。 女鬼って……。 確かに自分は女だ。でも鬼なんかではない。父からもそんな話を聞いた覚えはない。 「っ、」 千鶴はまた意味もなく振り返る。ようやく安心できる場に来たというのに未だ、まだ彼らが来るかもしれない不安が襲ってくる。 「……。」 沖田の部屋に行こうとある角を曲がる。曲がろうとして千鶴はやめた。 「……、ふっ、」 ひっく、としゃっくりをしながら泣く声がした。梓さん……?勝手にそんなことを思い、千鶴は心配になり、今度こそ角を曲がろうとする。 「大丈夫だよ、梓ちゃん。」 ………え、 千鶴はまた影に隠れてしまう。 そっと、耳をすます。 「大丈夫だよ。大丈夫だから。」 「おきた、さん……。」 ああ、この声は沖田さんと…梓さん。 どうして泣いているのか。 千鶴には一つ思い当たった。やはり自分のこと。自分が彼女に意思を無視し、出て行ったこと。今なら彼女が心配する意味もわかる。さすがにこのような事態は想定してなかっただろうけど彼女はこういうことを心配していたんだろう。 つきん、と胸が痛んだ。その理由は、本当にその後悔からだけだったのか。千鶴はわからない。ただ、その痛みに気付かないふりをしてその場を離れた。 *** 大丈夫だと声をかけられた。何が大丈夫なのかはわからなかった。でも、その何かが大丈夫なのだと、なんだか納得させられた気分だった。 「げほっ!」 「お、沖田さん!?」 げほげほと苦しそうな咳をする彼の空いている手を握る。 「大丈夫、大丈夫だから。」 「…だ、大丈夫だって、それ。」 私は彼の手につく赤い液体をみた。 「気にしないで。」 「で、でも……!」 「大丈夫だから。」 梓はそれ以上何も言わなかった。たが、沖田がまた自分の背中に手を回す。ぎゅーと包み込むように抱きしめられた。今はこれでいいのだと思った。同時に思い出した。 彼に纏わり付く、労咳という言葉を。 0508 戻る |