ちょきちょきと鋏が鳴る。少し湿らせた少年の髪を切り落とす。 「藤堂さんって髪、ツヤツヤですよね。」 「え?……そんなことは初めて言われたけどな。」 江戸に行っていた間少しだけ伸びてしまった髪。彼くらいの長さに伸ばすのは女性でも難しいというもの。現に梓なんて成り行きで伸びたようなものだ。 「梓ってさ、母親、って…感じだよな。」 後ろにいる私をちらりとみながら彼は言った。 「私が…?」 思わずくすくすと笑ってしまう。確かに母親であっていい年齢ではあるも、そう言われるのは初めてである。 「あ、妹とか弟とかいたりしそう!」 「残念。はずれです。」 少しがっかりしながら絶対そうだと思ったのに、とぼやく彼の頭を撫でる。それからまた鋏を動かす。 「私は姉妹で…、お姉ちゃんが凄く私の面倒を見てくれてたんです。」 「は〜…。姉ちゃんか…。」 藤堂さんは感心したように言う。 「父は働きに出てあまり家にいるような人じゃなかったし…母も、なんだかんだで忙しい人だったんで。」 「へ〜…。ていうかさ、梓ってどこの生まれなんだ?」 爛々と目を輝かせた彼が私に言う。 「………。」 「梓?」 「どこだと思います?」 「うわ、そうきたか…。」 むむむと悩む彼に私は笑う。 「梓ってさ、江戸のなまりでもないし…かと言って京でもない、よな?」 「ええ、それは正解。田舎ですよ、田舎。普通に蛙が毎晩鳴くような田舎。」 まあ、ちょっと行くとゲームセンターとかもあったけど。 「ふーん。姉ちゃんとかとは連絡とってんのか?」 「…ええ、たまに。」 彼があまりに真剣に聞いてくるものだから思わず嘘をついてしまった。 「あ、一応ここのことを詳しくは書いてませんので。ただ、京で働き口を見つけたのでここに落ち着こうかと思いますってだけ。」 「そっか…。なんか、ごめんな。」 「何が?」 急に謝った彼に私は少し驚く。 「ん、いや…。なんかさ、その……手紙とかってさ。やっぱあること書きたいじゃん!だから…ごめんな。」 満足に手紙を書くことの許されない私への謝罪。 「悪いのは貴方たちじゃなくて…世界、ですよ。」 世界と、神だ。 彼は目を丸くさせた。私は微笑んだ。 「……俺ってさ、」 「?」 「…実は、さ。藤堂藩ってとこの生まれなんだけど…。その、わけあって親の顔も知らないんだ。」 「……そう、ですか。」 ビックリした。急な話だった。だが梓はあくまで冷静に聞く。 「…俺、梓に母親を求めてたのかな。」 彼の心を聞いた気がした。 これは、ある昼下がりの出来事である。 0424 戻る |