元治二年二月 「千鶴ちゃん。」 「あ、梓さん…!」 掃除をしていた彼女を呼び寄せると犬のごとくぱたぱたとこちらに駆けて来る。 「私が買い物に行く前からやってたよね?お団子いただいたから一緒にどう?」 「わぁ!いいんですか?」 「勿論。」 彼女に箒を立てかけるように言い、包まれたお団子を開く。 「美味しそうですね。」 「でしょ?みんなには内緒だからね。」 梓は千鶴と話すたびもうあまり顔も思い出せない友人を思い出していた。こっちでの生活のせいか敬語ではない言葉はなんだか慣れなくなっていて、今では 私はどうやって喋ってたかな と思ってしまうほどだ。おかげで敬語は敬語でもこれまたこちらの女性みたくで、もう現代のような喋りかたができない。平成の世の当たり前が、もうなくなってしまったのだ。 それでも梓が千鶴と過ごすこの時間は特別なことに変わりはなかった。 「梓さんよくお団子食べてらっしゃいますよね?」 お茶もなしにもぐもぐと食べる。 「私の友人がそこのお嬢さんでね。会うたび会うたびくれるの。」 私は笑った。彼女は へー と頷きながらまたかぶりつく。 「ねえ、千鶴ちゃんってどうして巡察に同行してるの?」 「あ、えっと…。」 我ながら思い切った質問だと思った。彼女は多少戸惑いながらも説明してくれた。彼女の父はかつて新選組が世話になっていた蘭学の医者であり、自分はその娘なのだと。父が音信不通になり、心配になり江戸から出たのだが、新選組に協力してもらう今でも父の情報は少なく、なかなか手がかりが掴めていない。 「私、千鶴ちゃんは何か危ない人に関わってるとか変な想像しちゃってたからビックリ。お父さまの名前は?」 「雪村綱道といいます。」 「わかった。私も知り合いを当たってみる。」 「いいんですか?」 「勿論。可愛い可愛い女の子を見捨てるほど馬鹿じゃないつもりよ。」 彼女は笑ってお礼を言った。私も笑った。ああ、一体この間までの感情はなんだったのだろうか。こんなにも普通の可愛い女の子に私はなんという感情を抱いたのだろう。 自分が酷く情けない。 屈託ない彼女の笑みを見て思わず私は何気なく空を見た。 *** 「雪村綱道?」 「うん。知らない?」 「ん〜。ごめんなさいね。よくわからないわ。」 「そう。ありがとう。」 例の団子屋のお嬢さんは役に立てなくてごめんねと言った。 「………。」 今日はみたらし団子。昨日は三色団子。いつも申し訳ないな。 「あ、ねえねえ。」 「?」 中に引っ込んで接客をしていた彼女はすぐに私の元に戻って来た。 「いい男がいるんだけど…どう?」 「…いつも言ってるけど、」 「恋愛はしない?そんな寂しいこと言わないで。あ、因みに結婚したら私と姉妹になれるわよ。」 「………まさか、」 彼女は誇らし気にまさかの弟と言った。 「だったら尚更。」 「どうして?」 「だって、貴方の弟さんを愛す自信も力も、私にはないし。誰も愛す気はないの。」 「…婚期、のがすわよ?」 「年増が何強がってるんだって思われてもいい。否定すればいいもの。」 これ以上はやめとこうとごちそうさまを言い席を立つ。 「またね。」 小さくお辞儀をして私は店を出た。焦っているのは彼女。私なんかのために何をしてるんだろう。私は自分のことをろくに他人に話さなくて、でも彼女は沢山自分のことを話して。私なんかを信用してどうするんだろ。 「………。」 空が青かった。電線やアンテナなんて何ひとつなくて。雲が真っ白で。人間はとてもちっぽけで。私なんかはもっとちっぽけで。 そういえば昔から冗談半分で言っていた将来の夢は結婚して幸せになること。でもそれは平成の世での夢。私には婚期だなんだと言ってる暇なんかないのだ。まず、戸籍がない。いや、実際問題この時代の婚儀なんか見たことないけど。でも戸籍はきっと必要。でもこんな世の中だから戸籍のない訳ありさんなんて沢山いるんだろうな。私の今の夢は生きること。普通に、普通に生きること。幸せかはもういい。幸せじゃなくてもお腹を空かしてても生きていられるなら問題ない。年増とか、そんなのいい。確かにこの時代では高校生の年齢で結婚しちゃうのが当たり前らしいけど、人は人私は私。心配ばかりされて申し訳ない。 でも時折思う。思わざるおえない。私はなんのために生きてるんだろうって。生きる、それには意味と目標が必要だ。何かしなくちゃいけない、しなければならない未来があるから人は生きてられるのだ。 千鶴ちゃんだってお父さんを探しててここにいる。新選組の彼らにも志す未来があってここにいる。あの中で私という異質さ。 さっきまで綺麗に見えた空。今はもう濁って見える。 0318 戻る |