「梓。」 「ああ、斎藤さん…。広間で会議してたんですよね。どうかしたんですか?」 あの後落ち着いた私は井戸で顔を洗い、いつものように箒を手に取っていた。塀に止まる雀の傍にぱりぱりになったご飯粒を置くと奪い合ながら上手に食べていく。 「目が、赤いが…。」 「え、あぁ…。少し。それで?羽織りを着てますし…急ぎじゃないんですか。」 苦笑しながら話をそらすと彼は腑に落ちない表情だったが語り出す。泣いたか、なんて言われちゃたまったもんじゃない。 「ああ。会津藩から伝令があり、新選組が出陣することになった。」 「そう、ですか。あ、でも藤堂さんたちは………。」 藤堂さんや沖田さん、それから隊士の方。彼らは未だ万全ではない。 「心配無用だ。」 「そうですか。あ、では千鶴ちゃんにも伝えておきますね。」 「いや、その必要はない。」 「え?」 思わず間抜けな声色で返事をしてしまったことに少し恥ずかしさを抱きながらどういう意味かを聞くと彼は答えた。 「…雪村は、俺たちと共に行く。」 「……何故、」 「雪村自身がそう望んだからだ。」 斎藤さんは険しい私の表情に目を細めた。 「大丈夫、なんですか?」 「戦闘になったとしても大したものではない。雪村一人を守り抜くことくらい容易だ。」 斎藤さんは真っ直ぐに言った。聞き方によってはきつい口調ではあるがもう数年間ここにいる私には聞き慣れたものである。 「そうですか。お気をつけて。」 「…留守を頼む。」 彼はマフラーのような白い襟巻きを口まで上げると去って行った。 照れ屋だな〜。 そして彼の背中が見えなくなると私は目を細め、眉間にしわを寄せた。 「千鶴、ちゃん。」 どうして、どうして自ら戦場に行くの…?私より年下な普通の女の子なのに。それとも男装をしてみてくれだけでも男の子だから連れて行くの?いや、彼女が自分から望んだんだった…。でも、なんで新選組の彼らは彼女を止めないの?女の子って知ってるんでしょ?それともこれが普通?当たり前?平成生まれの私がおかしいの?女の子が守られるのは男女平等なんて言葉があったっていつの時代もそうでしょ?特にこの女性の身分が低いこの時代ではなおさらなんじゃないの?ああ、もう嫌だ。わけがわかんない………。もっと社会の授業真面目に受けてればよかった…。 「千鶴、ちゃん…。」 私は彼女の無事を祈ることしかできない哀れな女。人を愛することを諦め、人に愛されることも諦めた。よくよく考えれば私には何が残っているのだろう……。 尾崎くんに言われた可哀相の意味がほんの少し、掴めそうな気がした。 0303 戻る |