通りゃんせ | ナノ



先日の討ち入りからしばらく。どうやらあれは世に池田屋事件として語り継がれる話らしい。町に出ると噂をしている人がいた。


藤堂さんは額を怪我し、永倉さんは左手に怪我。沖田さんだってボロボロで帰って来た。負傷した隊士もいて、中には死亡した人もいる。


他にも重傷の人がいて、助からないと言われた。千鶴ちゃんは軟禁のような扱いを受けていたが最近はよく外に出かけるのを見ている。

私と千鶴ちゃんはやはりあまり会う機会はない。だがたまに慣れたように箒を持っているのを見る辺り、さすがこの時代の女性だと感心する。それに彼女の父は医者らしく、藤堂さんの額に薬を塗ったのは彼女だったのだが実に手慣れた様子だった。


ただ、やはりあの事件の影響で長州がどうだこうだで私のここで出来た知り合いも京から離れて行っている。まあ、仲良しの団子屋のお嬢さんはここにいるらしいけど。どうやら京の都は戦火に見舞われるかもしれないらしい。私は歴史に詳しいわけではない。だが江戸時代が終わることは知っている。

いくら新選組や幕府が頑張ったところで負けることを私は知っている。だからよくわからない感情が沸いて来る。ここにいる全員が私に何かあることは知ってるだろうし、でも聞いて来ないし。言うのを待ってる、なんて人もいるんだろう。だが私は聞かれるまで言う気はない。聞く気があるということはそれなりの覚悟があることだと思う。


「……。」


後ろで縛っていた髪の毛を解くと現代にいた頃にはしたことのないような長い髪。わしゃわしゃと掻き混ぜるとぼさぼさになった。



「………帰り、たい。」


はたしてそうなのか。何故この期に及んでこのようなことを言うのか。よく考えてみれば今の不安定な経済、役目をもたない人間。そんな世の中ならこちらのほうがいいのではないか。


……やめよう。




***



「梓ちゃん?」


「あぁ…尾崎くんか。」


一人自室の前の縁側で腰掛けてお茶を飲んでいると尾崎くんと他の隊士が通った。尾崎は先に行ってというような合図をすると私の横に座った。


「元気ない?」


「そうでもないです。」


飲み干した湯呑みをお盆に置く。


「よかったんですか?先に行ってもらって。」


「…多分?」


「………。」


尾崎くんは曖昧に笑い、私はそれにため息を吐いた。


「梓ちゃんってさ。」


「?」


「こんなの失礼かもしれないけど……どっか可哀相。」


可哀相、か。


「何が可哀相ですか?」


「さぁ。」


「……私、今尾崎くんを馬鹿だと思っちゃいました。」


「俺も自分でそう思った……。でさ、敬語……やめないか?」


私は目をしぱしぱと瞬かせた。


「私、はいいけど…。」


「うん。ありがとう。」


「……うん。」


「あ、そうだ!」


「?」


尾崎くんは思い出したように言った。


「今広間で幹部の人らが雑談兼会議みたいなのしてるんだけどさ。お茶、煎れなくていいのか?」


「あ、行ってくる!」


お盆を持ち上げると尾崎くんは私に手を振った。私も振り返した。久しぶりだな、手を振るのって……。


可哀相、そう言われた理由はまた今度でいいや。



勝手場に向かっていると向こうからお盆に乗ったお茶を運ぶ千鶴ちゃんが目に入った。私は何故かわからないけど隠れる。彼女は失礼しますと静かに広間に入って行った。


「……。」


私はまた何ごともなかったように勝手場に歩き出す。勝手場には誰もいなかった。


「…あれ?」


なんで避けたんだろう。


「………。」


ぎゅ、と手を握る。わけもわからないのに涙が溢れそうになった。


「……意味、わかんない。」


着物の裾でぐいぐいと溢れそうな涙を拭ってみるが、止まることなくついには零れたそれ。こんな場所で独り泣く私はなんて滑稽なんだろう。


いつまでたってもぐちゃぐちゃしたその気持ちを言葉にする気にはならなかった。でもあえて言おうものなら虚しさ。この時代の女性とは違い、自分はやはり場違い、世界違いなのだと突き付けられた気がした。


でも私は知ってしまっているのだ。平成生まれだからできません、この時代の人間じゃないから知りません、が理由にならないことを。もう、わかってしまっているのだ。



0302

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