「……そんなに見られるとやり辛いんだけど。」 「あ、すみません…。」 私の目の前にしゃがみ込んだ沖田さんは私の少し伸びた前髪を眉の長さでばつんばつんと切っていく。数年たてば私の髪はぴったり腰辺り。後ろの髪は節度を見て切っているのだが鏡がなかなか手に入らないのでは前髪を自分で切るのは自信がなく沖田さんに頼むことにした。 「はい、できた。」 「ありがとうございます。」 彼から鋏を受け取り前髪に触れる。長さはいいくらいだ。前髪ぱっつんは久しぶりだから変な気分だ。 「梓ちゃんって意外と照れ屋?」 「…私は沖田さんの発言に意外です。」 彼は声を出して笑った。 「いや、ごめんね。女の子は照れ屋なぐらいがいいよ。」 彼に頭をなでなでとされる。 「………。」 「梓ちゃんってさ、町中で縁談の話とかないわけ?結婚しててもいい歳でしょ?」 彼は私の横にぼすんと腰掛けた。 「縁談の話は全てお断りさせていただいてます。」 確かに自分と同年代の団子屋のお嬢さんももう結婚し、今は身篭っている。彼女からもよく縁談の話を言われる。そんなに心配されると申し訳ない。 「好きな人でもいるの?」 「いえ。そういうわけじゃないんです。」 「じゃあなんで?多分近藤さんに言ったら縁談の話なんていくらでも持って来てくれるよ。」 沖田さんはお茶を飲む。私も少し渋いお茶を口に含む。 「…好きな人がいるわけでもないんですよね。でも結婚する気もないんです。」 「…ふーん。」 梓の的外れな答えに沖田は興味なさそうに返事をした。こういう人だよな、と梓は思った。 「あれ、梓…前髪切ったのか?」 そして登場したのは藤堂さんに原田さん。 「お二人ともお仕事は?」 「うわ、第一声がそれとか!」 藤堂さんはけたけたと笑い、原田さんは苦笑した。 「で?何の話をしてたんだ?」 「梓ちゃんの結婚の話。」 「「は!?」」 けろりと答えた沖田さんに二人はオーバーなリアクションをとった。 「…本当か?」 「…梓ちゃん結婚すんのか?」 二人にじっと見られ私は沖田さんに目を向ける。 「沖田さん…、」 「別に間違いじゃないよ。」 してやったりな顔で笑う人に私はため息をつく。 「結婚なんてしませんよ。」 「いいんじゃないか?結婚。お前の歳なら別におかしくないだろ。」 「まあ、確かに。婚期逃すよりいいんじゃないか?」 「…し、ま、せ、ん!」 私は一気にお茶を飲み干した。 「そもそも…結婚、とか恋愛…とか?そういうの、したくないんです。」 三人は意外そうな顔をした。 「…な、なんですか?」 「いや、意外だな。」 「梓ちゃんってさ、家事掃除洗濯。おまけにお喋り上手。まさしく女の子の要ってやつでしょ?」 藤堂さんも頷いた。 私は苦笑した。 「私なんて何もできませんよ。敬語も本当は得意じゃないですし…。それに、恋愛は…恋愛は、全てを手放さないといけないじゃないですか。この時代。」 三人ともやはり私が意外なのか真面目に聞く。だって、花嫁修業してるようなものだもんね。 「嫌なんです。恋愛が、私の存在意義になりそうで。」 認めているつもりだ。ここにいる私という存在も。時代も。こうして話す彼らも。ただ、恋は時として何にも勝る絶大な威力を持つ。私は、嫌なのだ。恋をして、それが自分の存在意義になることが。ここにいる意味が、存在する意義がない私が恋をしてもし捨てられたら?私は今度はもう絶対に、この世界にいる自分を受け入れられなくなる。誰かに寄り掛かると、もう一人で立てなくなる。臆病な、私。 「…忘れてください。」 にっこり微笑んで見せ、私は沖田さんからからっぽの湯飲みを受け取り、頭を下げ、その場を去った。 最悪な空気を置いてきたのかもしれない。 最低な、奴。 眩しい空に、吐き気がした。自分を殺したくなった。ような、気が…した。多分。 0221 戻る |