「最悪。」 ぽつりと呟いた言葉を攫うように風がふく。少し慌ただしく廊下を走っていたら足が廊下から落ちてぐき。着物は走りにくくて嫌になる。いっそ掃除のときは流し、みたいなの決めようかな。 少し痛む右足を気にしながら立ち上がり、足を払って廊下に四つん這いでよじ上る。 廊下に腰を落ち着け、足を見るとやはり捻ったらしく赤くなっていた。ずきずきと鈍い痛みが鼓動と同じリズムでおとずれる。切り傷みたくアドレナリンてきなものがなかなか頑張ってくれないから痛みがひかない。 「…やっちゃったなー。」 着物で走るなんて慣れたからといっても現代っ子の私には難しかった。 よいしょ、と声をもらし着物をパンパンと叩き、歩き出す。 「梓ちゃん?」 「あ、沖田さん。巡察でしたよね?お疲れ様です。甘いものでも出しましょうか?」 「また団子?」 「団子屋のお嬢さんとお友達なんですよ。」 無料です と言うと彼は小さく笑った。 「で、」 「はい?」 「その足は?申し訳ないけどすっごく不自然だよ。」 足首を見るとやはり赤かった。絶対にあおたんになるパターンだ。 「自分の運動能力を過信してました。」 ここにきてから絶対健康的だったのに。いや、運動能力はあまり関係ないかもしれないけど…。 「これではしばらく走るのは禁止ですね。」 沖田さんは おいで と私の手を引っ張る。 え!? と慌てる私だが沖田さんの歩調は至ってゆっくりで私は新選組の彼らへの印象がまた変わった。 *** 連れられたのは井戸の前。私は廊下に座らされて井戸の水を汲み上げる彼を見ていた。汲み上げた水に懐から出した布をつけて搾る。 「足出して。」 「へ!?」 足を出して なんて言いながらも既に沖田さんの大きな少し骨ばった男性らしい手は私の足に触れていた。患部に濡れたそれを巻き付けられてヒンヤリとした気持ち良さがあった。 「…ありがとうございます。」 「いいよ。そのかわり、一緒に団子食べてね。」 「…私が、ですか?」 「うん。君ってさ、気付いてる?ここに初めて来た頃より随分痩せた。」 彼は廊下に座る私を下から覗き込むようにしゃがむ。 「……言われて、見れば?」 彼に手首を捕まれた。水に触れてひんやりと冷たい手。特に意識したことはなかったがやはり痩せたのかもしれない。 「自分の体のことなのにわからないの?君は。」 呆れたように言われた。沖田さんって結構偉そうだよね。まあ、別に彼が正しいからいいけど。 「…最近まで体に痣があったからそっちに夢中で、」 「痣?平隊士からの嫌がらせ?」 沖田さんは訝しげな顔をし、私はついぽろりと出たそれにはっとした。あの浪士たちのことを知ってるのは局長と副長だけだ。まあ、あまり詳しく内容は言ってないから二人がどのように解釈したかは貞かではないが。 「ここに来る前、少し暴行に合いまして…。でももう治りましたし、同情してほしいわけじゃないので。」 「ふーん。ま、言われなくても同情はしないよ。そんなことしたら君、一生口きいてくれなさそうだもん。」 「…よくご存知ですね、私のこと。」 「子供たちにいつも遊んで貰ってるから。」 彼は立ち上がりにっこりと笑った。私もにっこりと笑ってやった。まあ沖田さんのほうが余裕で美しいでしょうが!そしてそんな厭味はノーセンキュー。 「梓ちゃんがここに来てもう結構たつよね。」 「言われてみれば。」 「最初はね、近藤さんやっぱりこれでよかったのかって凄く悩んでたんだよ。」 「杞憂に終わってしまいましたね。」 「ほんとにね。平隊士たちともびっくりするような速さで仲良くなってるし…。」 「皆さん妹みたいな接し方ですがね。」 私は苦笑いしながら言う。 「恋慕なんて抱かれちゃ、ここにはいられないからね。」 「そう、ですね。」 ここは規律が厳しいから。最近知った話では私はどうやら近藤さんの親戚で通っているらしい。 「近藤さんには、感謝してもしつくせませんね。」 「だろうね。でも、誰ももう君を外国からの、なんて思ってないよ。」 「はい?」 「そんなに腰が低いのは日本人だけだからね。」 私からは あはは と渇いた笑みが出た。 「平助が敬語は嫌だって騒いでたけど?」 「…一人に敬語じゃなくなると皆さんにそうしなきゃならないような気がして。それに、今はこのつかず離れずの距離がいいです。」 「ふーん。」 なんて、ほんとはどうかな。ほんとは、仲良くなって帰りたいと思わなくなるのが嫌なのかもしれない。言葉は、時にとてつもない威力をもつ凶器である。 「中、入りましょうか。」 「そうだね。そろそろ冷えてきた…。」 沖田さんは空を見上げた。その横顔はとてつもなく美しかった。 もう風は冷たい季節。 0218 戻る |