荒い呼吸と頬を流れる冷たい涙。心臓の音が耳から聞こえる…。 私はただの酒屋を営む町人の娘だ。 対する彼は幕府に仕えるお侍様。年齢は私と対して変わらないくせに妙に同世代の男より可愛くてかっこいい。 平助はよく我が家にお酒を買いに来る人間の一人だ。いつもじゃんけんで負けて使いに走らされるらしい。 そんな彼の身の回りの話はとても愉快で、こちらまで笑顔になってしまうような話ばかりである。 彼が特別仲が良いという二人はよくうちに酒を買いに来てくれるから知っているが、彼のように長々と話すことはない。 だから平助から聞くいつもすまし顔の人たちの面白い話にはついつい笑いっぱなしになってしまう。 「あのさぁ、」 「ん?」 平助は懐から小さな和紙を取り出すとそれを私に手渡した。 「…開けていい!?」 「おう。」 彼からの贈り物に妙にはしゃぐ私はやはり彼に恋をしているのだろう。 「かわいー!綺麗…、」 ほう、と息を漏らしたくなるほどに繊細で美しい造りの簪に思わず私は目より上に持ち上げ、眺めてしまう。 「気に入った、か?」 「勿論!ありがとう!」 彼は少しだけ頬を染めると私の髪を上手く結わいそれを刺してくれた。こんな見るからに高価な簪なんか手に持ったことはないし、私の格好じゃなんだか簪だけ浮いてしまいそう、なんて彼に言うと似合ってると思うけど、と彼は頬を染めて言った。素敵な人。脈ありと思っていいのかな! 「……あの、さぁ」 「ん?」 彼は自分の髪を触りながら話を切り出した。 「最近の情勢は知ってるよな。」 「……うん。」 彼は先程の雰囲気をものともしていない。いや、やはり怖いのだろうか。手が、固く握られている。 「俺、行くよ。」 「え?」 「行かなきゃならないんだ。」 「…どこに、」 わからない、と彼は首を振る。 「でも戦況も悪いって聞くし、俺らもずって京にはいられない。」 平助、と名前を呼ぶと彼は私の手を優しく握った。 どうやら私もきつく握りしめていたらしい。 「いやだよ、平助」 涙が流れる。 周りの雑音なんか耳に入らない。 「おいていかないで。」 「………あ、」 「私を、一人になんかしないで…平助。」 掠れた声で彼が私の名前を呼ぶ。 彼の温かな腕に抱きしめられる。 このまま時間が止まれば、なんて馬鹿みたいなことが言えないのは彼の啜り泣く声が聞こえたからだ。 (おわり) あまりにダラダラ続きそうだったので切りました。これまた急な展開で申し訳ないです。 |