一歳企画 | ナノ
彼とは随分と立場が違った。それは例えるならば月とすっぽん、わかりやすくいうなら蝶と蛾。わかりにくいかな。
世間体的には立場に違いはない。いや、詳しく言うと藤堂さんは平民を守る立場の人だから私よりは上なんだろう。でも私はその距離がどうでもよくなるくらいに彼を好いていた。それは例えて、猫がネズミに恋をするくらいに愚かな行為だ。
猫は食物連鎖の壁を無視した恋をしてしまう。ネズミはどうだろう。猫をどう思ったのだろう。
敵?それとも……?


ううん、そんなことはなんだっていいの。どうでもいい。


目の前、といっても少し向こうの彼ら。彼と、彼女。握られた手。交わされた笑み。優しい微笑み。

「……、」

ギリ、と歯が音を鳴らす。なんであそこにいるのは私のはずじゃない!なんであんな女が…。
なんて言葉を吐きそうなくらいに私の気分は最悪だが、彼の隣に立つ彼女は私なんかよりかわいくて色白で。羨ましい要素が沢山ある女の子だった。




突然、彼が振り向こうとしたので私はとっさに姿を隠した。そのあとに恥ずかしくなった。
別に私を見たわけでもないのに…。なにしてるんだろ。堂々とすればいいじゃない。何もないんだから。

そう、何もない。
私と彼の間には本当に何もないのだ。

ただ、巡察なんかで見かける彼を一方的に想うようになり、いつか彼と結ばれることを毎晩毎晩夢に見た。
でも、現実はこれ。
きっと二人とも、想いあってるんだろうなぁ。


自分への嘲笑すら浮かばないほどにみじめだった。


「なあ、あんた。」

「え…?」


ズルズルと路地裏にしゃがんだ私にかけられた声はまぎれもない彼のもの。顔を上げてみると恋い焦がれてやまないその姿。

「これ、さっきあんたから落ちたんだ。」

彼は見慣れた蝦蟇口財布を差し出した。


「……え?やだ、嘘!?」

慌てて入れていた場所を探るとなく、帯の隙間にもない。正真正銘、私の財布だった。

「あ、あの…ありがとう。」

彼と話すことが夢のようで少しぽーっとしながらその財布に手を伸ばすと小さく彼の指と私の指が触れた。

「次からは気をつけろよ。」

彼はまたすぐに人混みへ消えて行った。私は彼に触れた指先をいつまでも握りしめて、その姿の残像を追っていた。


(おわり)



死ねた以外とのことでしたのでこのような山がなけりゃ谷もないお話に落ち着きました。