家のチャイムが鳴ったのは調度針が12時を回ったころだった。 「…だれ、」 夜中ということもあり、寝ている藤緒をほおって一人飲んでいた由美子だが、その訪問に恐る恐る玄関扉の覗き穴を覗くと肩の力が抜けたように扉を開いた。 「こんばんは、折原くん。」 「やあ、由美子さん。久しぶりだね。てっきり藤緒だと思ったんだけど……、」 「あぁ、あの子チャイムに出ないものね。藤緒なら、今酔い潰れて寝てる。弱いくせに飲みたがるから厄介。…あ、どうぞ。」 臨也は促されてようやくその足を踏み入れた。怠惰な生活をしている藤緒ではあるが部屋は意外にも清潔感で溢れているキッチンの洗い場はいつだって片付いているし玄関も自分の靴は必ず閉まってある。 「折原くん何しに来たの?」 「由美子さんはさ、あの世…信じる?」 いい加減にお酒を片付けながら聞くと的を得ない言葉が返ってきた。折原は壁にもたれたままこちらを見ていた。 「…あるといいな、とは思う。ていうか、ないと困るんじゃない?」 「どうして?」 「どうしてって…こっちの都合よ。」 よっ、と声を上げ、ゴミをごみ箱に投げ捨てた。 「成る程。」 「そういうこと。あ、折原くん今日ここ泊まってく?ていうか泊まって行って!」 臨也は目を開いた。 「由美子さんはさあ、俺が嫌いじゃなかったっけ?」 「まぁた随分昔を掘り返すわね…。だってあの時は貴方、藤緒にちょっかい出してたでしょ?今は普通よ、普通。」 「そりゃどういう心境の変化なわけ?是非教えてほしいね。」 由美子はちらりと臨也を見ると立ち上がり告げた。 「貴方よりも嫌いな人ができちゃったのよ。会社の同僚とか上司とか。…じゃ、私は明日も仕事だから帰るね。どうせ今日は泊まるつもりなんでしょ?あとよろしく。あ、私が出たら鍵閉めてね。」 じゃ、といつぞやのように片手を上げると由美子はコツコツとヒールの音を響かせ、去って行った。言われた通りに鍵を閉めると臨也はベッドに寝転ぶ藤緒に声をかけた。 「藤緒はさ、あの世って信じる?」 「……それ、前も答えたよね。」 窓を見ながらで表情はわからないがさぞかし面倒だというような表情をしているであろうことが臨也には後ろ姿から見てとれた。 「教えてよ。」 「………無い。無いの。」 「どうして?」 「無いっていうのは…。わからん。ていうか、あの世とか怠いのよ。別に死んでどこさ迷おうが消えようが私の勝手だしぃ?こんなん言ってる人間があの世を望んだって仕方ないでしょ。」 頭痛い、そういいながら藤緒は本格的に布団を被り、眠りについた。証拠に静かな眠りの音が聞こえた。 「全く、面白いねー。藤緒は。まあ、それでいてつまらないけど。」 そんなところも好きだと改めて実感する。勿論、人間として。臨也は人間が好きだ。もはやそれは性癖の一種だと藤緒は言い張るが。だから藤緒という人間を愛し、傍に置き、傍にいる。それは決して皆瀬藤緒という個体が好きなわけではない。人間という枠の皆瀬藤緒が好きなのだ。だから彼は勿論由美子をも愛している。由美子の可愛い顔に似合わず斬新なところも好きだ。一度これを言って叩かれそうになったことはあるが。どうやらこれを理由に一度フラれたことがあるようだ。 「…聞きたいことは聞いたし、シャワーでも浴びるか。」 臨也は藤緒の洋服だんすから自分の服を取り出すと風呂場に向かった。 ♀♂ 藤緒の寝起きは最悪だった。風呂は入ってないわ頭は痛いわ吐き気はするわ。 「おはよ。」 先日と同じように挨拶をする彼に片手だけ上げる。もう片方は口だ。 「朝から風呂?」 「あぁ。洗濯機とかも勝手に借りたよ。」 確かに、臨也の姿は昨日の虚ろな姿と同じな気がする。 「あー…だめ、やばい。臨也、とりあえず寝るから昼になったら起こして。出かけるなら出るまで電話して。鍵は鞄にあるから…。」 ふう、と臨也は息を吐いた。 「今日はいるから寝なよ。」 「ん。」 「あと、昨日勝手にパソコン借りたから。」 「うん。」 「全く面白いよねー、最近は。あー…そういえば次からは何をしようか。」 「次って…何してたわけよ。その様子じゃ昨日もずっと池袋なわけでしょ。」 「まあ、聞かないほうがいいよ。…池袋は久しぶりだからね。」 藤緒のベッドの淵に座りながら臨也は言う。 「あー…。じゃあ聞かないでいてあげる。まあ、どーでもいいんだけどさ。良いことじゃないのはわかるし、むしろ聞いて損しそうだし…。」 臨也は藤緒のだらだらとした呂律の回らなくなりはじめた話を聞きながら今日もまた池袋の町を歩くことを決めた。 0823 戻る *前 | 次# |