直線歩行 | ナノ

やばい、私化粧道具持ってない。鞄にいつも入れるメイクポーチがない。ああ、最悪。結局、そのままの状態で髪を横に縛り、臨也を後ろに乗せた。腰に手を回されてキャッキャと騒ぐ女の時代はもう過ぎた。私の自宅にバイクを置くととりあえずダッシュで化粧をし、何事もなかったかのように町を歩いた。今日も池袋は賑やかである。





「ここにしよう。」

「は?」

臨也と町をぶーらぶーらさ迷い、カフェに入り、またさ迷い。ついにはここにしよう。なんだこいつ。

「誰か待ってるの?」

「ん?まあね。」

ふーんと興味のない返事をし、携帯を取り出すと由美子ちゃんにメールをうつ。

『今日は我が家で飲み会にしよう。外はもう嫌。』

そのメールはすぐに返事が来た。


『いいよ。じゃあ私、家にあるワイン持って行くね。』


私は時間を指定したメールを送ると携帯を閉じた。


「っとに、由美子ちゃんまじ天使。かわいいわー。」


今のメールを見れば藤緒がどこで何にたいして由美子に可愛さを見出だしたかは本人意外には理解できないだろう。

臨也も上機嫌であるが藤緒もまた上機嫌である。

「仕事中にも関わらずすぐ返事くれるとか、ほんと…私って愛されてるなー。」

臨也はそんな藤緒をいつものことなのにと思いながら見ていた。


突如、隣の臨也が立ち上がる。



「やあ。」



それはとても爽やかな声だった。透き通り、心地好く澄み渡る。うわぁー…。臨也に目をつけられた輩を見ようかと目を上にあげる前に横にいる臨也は名前を述べた。


「久しぶりだね、紀田正臣くん。」

フルネームで、わざとらしい。私はそこでようやく正臣くんを見た。

「あ…ああ……どうも。…藤緒さんも、」

ぎこちない挨拶。怯えと、嫌悪。

最悪だな、臨也。


「その制服、来良のだねえ。あそこに入れたんだ。今日入学式?おめでとう。」

淡々と言うが、必要最低限の感情の起伏しか表れていない。


「え、ええ。おかげさまで。」

「俺は何もしてないよ。」

「珍しいっすね、池袋にいるなんて…」

「ああ、ちょっと友達と会う予定があってね。藤緒にはここまでの足になってもらったんだ。…そっちの子は?」


臨也の目は正臣くんの後ろにいる大人しそうな男の子と交錯する。だが、それは一瞬だけ。

「あ、こいつはただの友達です。」

「俺は折原臨也。よろしく。」


聞いてやるなよ…。正臣くん名前言わないのわざとじゃない。


藤緒はもう知らないと我関せず返ってきたメールを読んだ。


『わかった!9時くらいに行くから待っててーっ!』


可愛い!まじ天使!


「あ、竜ヶ峰帝人です。」

私は竜ヶ峰くんの名前に顔を上げた。


「エアコンみたいな名前だね。」


フルネームを聞いて彼はそう言った。やばい、私も同じこと思った…。


『うん、待ってる!由美子ちゃん大好きだよー!それと、道中気をつけてね。なんなら迎えに行くから。』


送信ボタンを押して、また携帯を閉じた。

「じゃ、そろそろ待ち合わせの時間だから。藤緒も、またね。」

「ん。」


片手を上げ、立ち去るそいつに私も片手だけ上げ、携帯をカーディガンのポケットに閉まった。


「あいつ、絶対友達じゃないな……。」


ぼそりと呟いた言葉は聞かれることなく、二人は首を傾げただけだった。


「あぁ、私も自己紹介。初めまして、皆瀬藤緒です。」

「あ、はい。初めまして。」


竜ヶ峰くんは律儀に頭を下げた。


「正臣くんも久しぶり。」

「ええ、まあ。」


帝人は正臣の表情が先程より和らいでいるのに気付き、あの折原臨也と一緒にいたこの女性だが彼とは違うことを悟った。


「まあ、ね。うん…とりあえず、入学おめでとう。」

「ありがとうございます。」

「入学祝いに何かご馳走したいんだけど…残念ながらこのあとお酒を買いに行くという大事な用事ができたからさー…ごめんね。」

「いえ、気持ちだけで…」

「いいねー高校生。青春だね。ひとつアドバイス。」

「「?」」

「勉強だけはしときなさい。お姉さんからのアドバイス。」

にーっこり微笑むと藤緒も臨也同様、片手を上げてじゃーねと立ち去った。



正臣と帝人はその背を見送った。

「俺らも行こうぜ。ええと、どこ行くんだっけか。」

「さっきの折原さん、が…そんなに怖い人なの?」

帝人は正臣に問う。先日、関わってはいけないと言われたうちの一人と早速関わってしまったのだ。だが、帝人は怖い人物なのかはわからなかったのだ。


「怖いっていうか……いや……俺も中坊の頃は色々やらかしたんだけどよ…あの人と一回関わってさ、怖くなったんだ。なんつーかさ、ヤクザとかとは違って……不安定なんだよあの人は。先が読めないってのかな。5秒ごとに信念が変わるっつーか。あの人の怖さは危ないとかそういうんじゃなくてさ……【吐き気がする】って感じなんだよ。じわじわと来る嫌さっていうのかな。とにかく、俺はもう二度とあっち側にはいかねえよ。帝人がガンジャとか吸いたいってんなら俺には頼らん方がいいぞ。」

ガンジャの言葉が出た瞬間には帝人は首を振っていた。


「冗談だよ。お前はちゃんと二十歳まで酒も煙草もやらないだろうしな。とにかく、あいつと平和島静雄って奴には関わらない方がいい。それだけは覚えとけ。」


……………。


「あと、折原さんといたあの人は?」


ここまで来たら聞かずにはいられなかった。


「ん?あー…。藤緒さんは、俺もよくわからねえんだけどよ、悪い人じゃねえよ。俺も色々助けられたし…。藤緒さんはさ、なんかあの人と同級生らしくてさ、本人は腐れ縁だーって。」

「へえ…。」

「まあ、藤緒さんが関わることにはあの人がついてくることが多いからそこだけは気をつけろよ。でも、もしなんかあったら藤緒さんを頼れ。できる範囲ならなんとかしてくれる。」


正臣が藤緒さんを信頼しているのだけは、よくわかった。

そして帝人は悶々と頭で思考を巡らせ、この町でのこれからに、希望を見出だしていた。



0822


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