皆瀬藤緒という人間は周りが思うよりも、実際は弱い人間だ。 藤緒ちゃんの家ってお金持ちなんでしょう!? 興味津々と言った様子で彼女にそう聞いた人間は数知れず。その言葉は純粋な興味から嫌味まで様々ではあるが、彼女は誰に対してもこう答えた。「ありがとう」、と。 謙遜が嫌いだった。事実を隠すことも嫌いだった。自分の家がお金持ちで、自分がそんなお金持ちな両親の娘で…。彼女にとって、それは枷だった。 友達は選びなさい。貴方はこの学校に行くのよ。 全てを跳ね退け、中学と高校は好きな場所に行った。枷が、外れた。 …わけじゃ、なかった。 帰る家は実家だったし。家には優秀な兄。仕事人間な両親。友達はいたし、得意ではないが勉強をすることは充実していた。だが、何か…。何か、たりない。 そう、愛だ…。 初めて本気で誰かを好きになったのは高校のとき。相手は大学生だった。素敵な、人。学歴も家柄もない普通の、自分とは違う人。憧れと恋慕を抱く自分が心地よかった。 結局、その愛も消えてしまったけど。 私の初めてを何もかも捧げて。 臨也と出会ったのは…多分、その辺りかな? 覚えている。あのムカつくまでに綺麗な、真っさらな笑み。まるで自分だけに用意されたような笑顔。錯覚しそうになる、優しさ。 ばちりと目を開いた。汗をぐっしょりとかいていた。不愉快な自分のパジャマ。とっさに携帯の時計を確認すると15:26と表示されていた。 「……うわ、寝過ぎ。」 ボサボサな髪を手でとくとまたベッドに戻った。 「……、」 夢を見た。 少し痛む自分の髪を摘み見た。明るい、茶髪。若者らしい、綺麗な色。あの頃の黄色とは大違いだ。 吸って大きく息を吐いた。それだけで、少しずつ目が開けてくる。 ピリリリリ―― 着信中。 3時に電話って…。臨也、とか。あ、でも静雄……は、仕事してるんだった。携帯ではなく家の子機にかかってきた電話。耳にあて、通話を押すと声はすぐに聞こえてきた。 「はい、」 『藤緒か?』 「………静雄、仕事は?」 かかってくるとは思わなかった相手からの電話に、驚きで少しがっくりとうなだれた。 『いや、調度休憩でよ…。それに昨日は久々に顔見たのに挨拶も何もなかったからな。』 「律儀ね。……まあ、久々だったしねー。あ、元気?」 『おう。…お前は?』 「私に元気以外、取り柄あったっけー?」 静雄は今頃なんとも微妙な表情を見せていることだろう。 「幽くんはどう?あ、テレビ見たよ。相変わらずかっこいいねー。」 『……。』 あ、今は照れてる。 「今さ、どこ?」 『今は…お前の家の近所にある……』 彼は的確に場所を言った。どうやらこの辺りまで来ており、今はコンビニらしい。 「ほー。静雄の家とは離れてるんだが…。取り立ても大変ね。」 『そうでもねぇよ。』 「ふーん。」 こんなだらだらとした会話がしばらく続いた。あーあ。臨也はなぁんでこの子を虐めたがるんだか。 はあ、とため息。静雄はともかく、嫌な友を持った自分はつくづく運が悪い。 0919 戻る *前 | 次# |