「ちょ、藤緒さん!」 スポリ、自分に負けないくらい明るい茶髪の少年が私の耳からイヤホンを抜き去った。 「な、なんすか…あれ。」 正臣くんの顔は困惑。そりゃあ、な。 「ま、逃げなよ。危ないし。」 「あ、はい。」 正臣くんは顔を竜ヶ峰くんに向け、おいとこっそり声をかける。 「あ、み、帝人!?」 だが彼はそんな正臣くんを気にせずぼんきゅっぼんなあの子と逃避行。すっごーい。 「え、えぇー…。」 うわー、ドンマイ。言いながら哀れな彼の頭を撫でた。 「んー…、」 ちらり、未だ言い合いやり合う二人を見た。私が介入してもいいんだが……。 「うぉおおりゃぁあああああ!!」 静雄が自販機を、投げ……。 「……。」 いやいや、私は無理だ。 周りを見るとやじ馬が集まって来ている。人間みんな好奇心には忠実だねー。こんなの見に来るとか阿呆かよ。 「ん?」 どうしようかと軽い気持ちで周りを見渡すと頭が突き出た黒人がやじ馬の間を割って入って来る。サイモンである。寿司屋の客寄せ。喧嘩は好きでない彼は町の騒動を沈める天才だと藤緒は思っている。 「正臣くん、今のうち。」 「は、はい!」 私は彼の手をひいて裏道を駆け抜けた。 ♀♂ 「っは、」 はあはあ、と公園のベンチに腰を下ろして息を吐く。 「あー…やば、歳だわ。」 げほ、と咳込むと正臣くんは私に自販機で買ったお茶を差し出した。 「あー…ありがとう。お金は…、とりあえず今度食べに誘うよ。」 「え、まじっすか!?いやぁー嬉しいなぁ。藤緒さんみたいな美人に誘われるなんて!」 「えー、やだぁ!美人じゃないしー!でももっと言ってー!」 あはは、と笑って私はお茶を煽る。緑茶の苦みが喉を潤す。 「ていうか、臨也さんほってきてよかったんですか?」 彼は私の座るベンチに腰掛け、尋ねた。 「ん?ほっときなよ。面倒じゃん。」 お茶を最後の一滴まで飲み干すとごみ箱に投げ捨てた。 「あ、正臣くん。携帯の番号聞いていい?」 「あ、いっすよ。」 正臣くんはあの時と変わらないあの黄色の携帯を出した。 「ごめんねー。私機種変しちゃったからさ。」 「いやいや。」 「…正臣くんは、まだその携帯なのね。」 彼は私の言葉が意外だったのか、それとも私の言葉を別の様々な解釈でとったのか肩をびくりとさせた。まあ、後者かな。 「いいんじゃない。」 「え?」 「携帯も今や文化のひとつ。立派な思い出になりうる品よ。」 ピロロン、と赤外線完了の音がなる。 「…みみっちいっすよね。俺。」 彼は髪で顔を隠してしまう。 「…ひょうひょうとしてる奴よりましよ。」 私は携帯をぱたっと閉じ、懐にしまい込む。 「病院には行ってるの?」 「いえ、」 「そう。」 「藤緒、さんは…。」 「私も行ってない。」 「あ、」 「まあ、臨也からしたらつまらないでしょうね。その反面、楽しいんでしょうけど。」 正臣くんの目と私の目ががっちりと重なる。 「…私、臨也の信者が好きになれないの。」 「……、」 「だからあの子も嫌なの。でも、貴方と居たときのあの子は好きよ。勿論、今も。」 正臣くんは不思議な表情をした。葛藤、嫌悪、哀愁。若いねー。 「じゃ、都合開いてる日に連絡して。食べに行きましょ。」 「はい、」 彼が笑ったのを見て背を向けた。 臨也、あの子に何させる気なのか。臨也のゲームはいつから始まっていたのか。まだ始まっていないのか。あの子もきっと駒。勿論、正臣くんも。 臨也と絡むとろくなことがない。正臣くんは、きっと逃げられない。まあ、東京から出たら別かもしれないけど。 「あー…もしもし臨也?んー。はあ?嫌だ。なんで私があんたをわざわざ新宿まで送らなきゃいけないの。さっきも私放置で……、へ?お金くれるの?まじで。…いいよ、やったげる。今どこ?」 携帯片手に後ろを見たら、すでに少年はいなかった。 0828 戻る *前 | 次# |