昔話をしよう ※ 綺麗な綺麗な海。 綺麗な、声。 すんだ、青い瞳。 「姉さん。」 「あら、おはようユーレン。」 砂浜に佇む彼女に声をかけた。綺麗な声で返事をし、その美しい目に僕を写す。ああ、なんて幸せなんだろう……。 「姉さん、今日はご飯どうするの?」 「ん?今日はねー…」 うふふと笑いながら二人で海辺を歩く。姉、というには僕の歳を二倍以上する彼女。実に若い。幼い僕は彼女に手を引かれながら歩く。多分、6歳くらいだったかな。僕と同じ金の髪が揺れる。 「母さんただいまー。」 「ただいまー。」 「おかえり二人とも。」 家には母がいた。 母は僕たち二人を産んだというのに僕たちとは似ても似つかない容姿だった。艶やかな黒い髪に、茶色の瞳。母に毛並みの違いを確認したことはあったが 二人はお父さんに似たからね で終わり。今ならわかる。あれは嘘だと。 「い、い、い〜…いす!」 「砂浜。」 「ま、魔女!」 「……知ってる?ユーレン。」急にしりとりをやめた姉をみる。器用に本を読みながらしりとりをしていた姉は未だ本に目を向けたまま言った。 「東の森には魔女がいるのよ。」 「…?魔女なんていないに決まってるよ。」 「いいえ、あそこにはいるのよ。魔女が。」 そういえば、東の森には遊びに行ったことがなかった。 「姉さんは、魔女を見たの?」 「ええ、見たわ。きらきらしてて、目に見えないベールで包まれていて…。いい、ユーレン。」 ぐりんとこちらを向いた彼女の必死の形相に驚く間もなく彼女は話す。 「貴方が未だ東の森に行ったことがないのは奇跡だわ!…あの森は、だめよ。」 何がだめか、なんてのは聞かなかった。求める答えはないと悟ったからだ。 そして数日後、僕の運命は変わる。 *** 「ユーレンはやく!」 「やめようよ…!この森には魔女がいるって言ったばかりだろ!?」 「魔女なんかいるかよ!」 「なぁに?怖いの!?」 いつもの仲間に話せばそれは笑いながら馬鹿にされる。 「…怖くない!」 だから行った。森に。僕たちはそこで美しい女性とあった。 「初めまして、マリアよ。」 魔女は黒い服に尖った帽子なんて誰が言った。誰が決めた。彼女はこの森にある小屋に住んでいるらしい。僕と仲間は沢山彼女と話した。その中で女の子が言った。 「お姉さん魔法使える?」 「魔法?ん〜…お姉さんには少し難しいかな。」 「え〜。」 彼女はごめんなさいね、と笑った。その日はそれだけ。次の日もその次の日も僕らは彼女に会いに行った。 「な、なぁ…。」 「ん?」 「どうかしたの?」 当初1番強気だった男の子がマリアに会うのはやめようと言うのだ。もちろんみんなは何故だと言う。 「…俺、マリアと話したことついうっかり父ちゃんに言っちゃって…。そしたら!」 あの森に小屋なんかないって……! 嫌な風が流れ始めた。僕らは顔を見合わせた。確かに僕らは彼女の住居を見たことはない。だから彼女のことは彼女が話すことを信用するしかない。 「……や、やだ!あたしも行かない!」 一人の女の子を筆頭に私もやれ僕もと手を挙げていく。 「ユーレンは…?」 「え、」 僕は、行くよ。 するりとあっけなく声は漏れた。みんなが驚愕で僕を見る。 「馬鹿か!」 「何言ってるの!魔女よ!?」 手の平を返す仲間を見て、僕は言う。 「馬鹿はそっちだ。」 森を走った。こんなに走ったことあったかというくらいに走った。 「お姉さん!」 「あら?今日は一人?」 いつもの場所でのんびり言うお姉さんの腰に僕は抱き着く。 「ねえお姉さん、みんながお姉さんを魔女だって言うんだ!この森には小屋なんかないって言うんだ!」 泣きじゃくる僕をただただ彼女はあやした。 「ユーレン、」 「?」 「確かにこの森に、小屋なんかないの。」 「……え?」 彼女は寂しそうに笑った。 「じゃあ、お姉さんどこに住んでるの…?」 にっこり彼女は笑って僕の手に一つ、布から取り出した何かを置いた。 「…銃の弾?」 お姉さんは頷く。僕は太陽に透かすようにそれを見た。 「それはね、私の大事な人の命を奪った銃弾よ。」 「…………。」 僕はそれをぎゅ、と握りしめた。 「大事、な人?」 どうしても問いかけなければならない気がしたのだ。どうしても。彼女はにっこり笑って僕の手を自分の胸に置いた。 「あ…!」 「私。」 ……? 「私、よ。」 ぞくりと嫌なものが走った。 「私を殺したのよ。」 「私を、」 「私は、守れなかった。」 彼女は今にも涙を流しそうな顔で言った。 「…お姉さん、」 僕は銃弾を彼女に返そうと手を出す。彼女はまたにっこり笑い、僕の銃弾を手にとる。 ばちり、と何かが走り彼女の手からは何かが焼ける臭い。 「………あ、」 彼女の手からはむきだしの骨。いや違う。違う!これは…鉄? 彼女は落ちた銃弾を見て寂しそうに笑った。 「ねぇ、ユーレン。」 「?」 「私、魔女なの。」 「え?」 「魔女のくせに魔法が使えない魔女。でも貴方なら、魔女になれるわ。」 じゅう、とまた焼ける音。彼女が掴んだ銃弾が彼女から離れようと熱を出す。だが彼女は自身が焼けるのも気にせずにまた僕にそれを握らせた。 「ねえ、」 「貴方、私を愛してた?」 「……好き、だよ?」 意味がよくわからなかったのだけ覚えている。その後、僕は視界が真っ暗になる。意識を失ったのだ。次、目を覚ましたときには空は赤かった。 ああ、空が赤い。赤い。赤い。 「いやっ!」 赤い、赤い。 「……お姉さん、」 お姉さんは赤く染まったまま僕を見て笑った。 「おはようユーレン。」 「お姉さん、その手にあるのは…?」 「――――よ。」 彼女が握っていたそれと目があったのは今でも鮮明に覚えている。 「……ユーレン、」 「母さん!」 少し遠くにいた母に駆け寄る。 「母さん…!」 「ユーレン、これを。」 母から渡されたのは銃。マグナム、と呼ばれるもの。 「あの女を、殺しなさい。」 「ま、マリアを!?」 「周りをよく見なさい!!」 母に怒られ慌てて周りを見た。赤く、赤く。 うめき声。赤ん坊の泣く声。いつの間にか、こんなにも変わっていた。白い砂浜は赤く、海も血か太陽かで赤く染まる。母も、お腹から赤を流す。 「ユーレン!」 びくり、と震えた。 「あんたに言わなきゃいけないことがあるのよ…。」 「母さん、」 「貴方の、本当の……うぁっ!!」 「母さん!」 母は、いつの間にかマリアに貫かれていた。お腹から出てはいけないものがぼたり、ぼたり。 う、ぁ…。 「ユーレン、」 僕はマグナムにマリアに貰った銃弾を入れる。明らかに形が違うそれはぐにゃりと歪み、きっちり嵌まる。すると銃弾が入っいないヶ所にも弾が入る。 「イノセンスめ……!いいの?ユーレン。貴方の母親よ?」 マリアは笑った。 また、笑った。 笑っ、た。 バンと音がなり、からんからんと弾が落ちる。 終わっ、た。母の命を引き換えに。 僕は学んだ。この銃弾はイノセンス。この弾は変形し、なんでも使える。そして、人間と、異業のものに有効。 人間ではない亡きがらと母は、潮が満ちれば海に呑まれるのだ。 赤かった空は暗くなっていた。 そして僕は姉に人殺しと罵られるのだろう。 「姉さん、僕………私ね。」 「……ユーレン?」 わなわなと家の片隅で震える彼女に言った。 「私、彼女を救うの。マリアを。マリアになって。」 姉さんは、絶句。私は爆笑。あははと笑った。 「姉さん、私…殺したの。マリアと母さんを。マリアを。だから私がマリアになって彼女を生きるわ!」 ねえ、お母さん…? マリアになれないなんて知っていた。僕はユーレン・シュベリアであることくらい知っていた。 「そんな目で…見ないで。…そんな目で!私を、見ないで!……っ母さん!!」 私は、同じ毛色の彼女に泣き縋る。母も、泣いた。その温もりだけが、彼女が母であったことを証明していた。 *** ラビにだけ情報提供のようにこの話の最後のほうをしたことがある。 なんとも言えぬ顔をしていた。当たり前か。同情より全然いい。だからリナリーには話したくないのだ。ほら、同情しそうでしょ? 「ていうかユーレンの姉さんが、母さんならあの女の人は誰なんさ?」 「叔母、らしいよ。母さんが言ってた。」 「ふーん。なぁんで、母であることを隠す必要があったんかね〜。」 「さあ、なんでだろうね。」 「あとマリアって奴。結局アクマだったんだろ?なぁんでユーレンと実の母親は殺さなかったんさ?」 「………。」 貴方、私を愛してた? 「彼女が、愛を知らなかったからだよ。」 「なんじゃそりゃ。」 僕は笑った。 彼も笑った。 ああ、マリア、マリア。 聖女の名をもつ君が僕を生かしたんだ。 君のように僕は誰かを愛せないけど僕は生きてるんだよ。 生きて、るんだよ。 「…つかさ、ユーレンの母親今どうしてるんさ?」 「ん?あぁ…母さんは、今寝てる。」 「は?」 「寝続けてる。この教団のどこかで、ね。…見つけてご覧、ラビ。この教団は僕らの知らない場所でいっぱいだ。ったく、どれだけ浅ましい場所なんだ。」 ふふふと笑う少年に、今より若い青年は身震いした。 マリア、マリア。 僕は、今日も笑っ、て、るよ。 0601 ▽ |