欠落 | ナノ

歪んでごめんね

本当に、ぽつりと昔を思い出した。

血、を手に掴んでいた。
母さんは、泣いていた。
…カアサン?

あれ、それはなんだったんだろう。


あぁ、母さんは…、
母さん、は…。


「人殺しぃぃいぃいい!!」



母さんは、僕を……。
母さん、が…。
僕、を。

あ、あ…ア、…。



「あぁぁぁあぁあああぁぁああ!!!!」





***



ユーレンが目を覚ましたのはどこかの船の上らしい。ザァン、と波が揺れる音がする。木目の天井が見える。横には机。
沢山、声がする。

パリンと音が響いた。

「いい加減にしろよ…。」


あぁ、ラビの声だ。


「仕方ないことだったんさ……っ。オレらは昨日必死に戦った。どうしても助けらんなかったんだよ…っ!」


何を怒ってるの。


「戦争なんさしょうがねェだろ!諦めて立てよ!!!」


怒ってる。怒ってる。


あぁ、きっと誰かが死んでしまったんだ。悲しいね。悲しいねそれは。


悲しい、ね。



また、ゆっくりと目を下ろす。

こういう空気は、嫌なんだよ。




「みんな死ね。」


呟く言葉は誰も耳にすることなく空気に溶ける。



***



「ユーレン、大丈夫さ?。」


「……。」


ぼーっとした頭で声を見た。


「ああ、ラビか。」


次に寝かされていたのは簡易的なベッドだった。


「ああ。痛いとこはないさ?」


「うん、大丈夫だよ。」


ユーレンは肩近くまで伸びてしまった髪を触る。


「…はぁ、船は嫌いだな。酔っちゃうんだもん。」


ラビは苦笑した。


「あ、ラビ。背中に怪我してさ。ちょっと見てくれない?」


「ん?りょーかい。」


ラビは軽く返事をするとユーレンのワンピースのファスナーを下ろしていく。
男が女の服を脱がすのは一般常識てきに変な話であるが二人に気にした様子はない。


「…どう?」


「うん、問題ないさー。」


「そ?じゃあ着替えるね。」


ユーレンはベッドから立ち上がると腰まで下ろしていたワンピースを足まで下ろし地面に置く。


「…流石にそこまでされるといっそ清々しいさ。」


「騙されてる奴らが悪いんだよ。」


くすくすと笑う。その声は普段より少し低く、ほどよくついた筋肉からは普段の姿が想像できないくらいだ。


「……まあ、男だからね。僕も。」


ユーレンは楽しそうに笑う。本来女性にあるはずの胸の膨らみはなく、ほどよく筋肉のついた胸板があるだけ。普段の可愛らしいイメージはない。


「それよりさ、なんで僕がここにいるの?船に戻った記憶はないんだけど…。」


ラビは語る。


意識を飛ばしていたユーレンを船まで運んだ。だが船はボロボロ。そこで来たエクソシストは、船を直し、今に至る。


「そうそう、そのエクソシストのミランダ・ロットーなんだけど…彼女のイノセンスが発動している限り、俺らの時間は巻き戻る。イノセンスが切れたときは、そのときに負った傷が全部一気に来る。ミランダはまた後で紹介するさ。」


「へぇ…。すごい人。じゃあ僕の時間は健康な状態に戻るわけだ。今みたいに。」


ユーレンは背中の痛みがないことにようやく納得した。


「あと…、」


ラビは、気まずそうにした。


「誰か、死んだ?」


それはユーレンの中では核心だった。


「……アレンが、この戦争からぬけた。イノセンスが壊されたらしい。」


「ふふ、そう。…可哀相、ラビ。」


ユーレンは目を細めてラビを見た。


「僕より、ブックマンである君のほうが辛そうだ。まあ、仕方ないか。僕より一緒にいた時間が長いんだもん。」


髪をくるくると弄る。ラビはなんとも言えない複雑な表情をした。


「……戦争だよ、ラビ。これは、戦争なんだ。仲良しごっこなんかしてられるかっ。…あと、誰かがガラスを割った音を聞いた。誰かに怒鳴っていたね。ま、さしずめリナリーかな?」


ラビは目を逸らした。


「別に説教じゃないよ。」


ユーレンは笑う。


「ただ、うん。なんていうの?こういうとき、いなくなる奴なんかと会うんじゃなかったらなって思うよ。…だって、」


ラビはユーレンを見つめた。ユーレンは胸を抑えながら言った。

「だってね、人間は少し関わりを持つと情を移しちゃうから。」



「…そうだな。」




0506

ミランダのイノセンスがよくわからない←