愛と執着の境界線 ユーレンの母は、どちらかといえば美人だ。女装をしともばれないような息子を産む母だ、といえばたいていは想像がつくだろう。 ユーレンは自分が母と似ていることを嬉しく思うし、誇りに思う。だからこそ、父親のことや何故母として共に歩んでくれなかったのかを聞くことは気がひける。 まあ、聞く機会なんかないかもしれないけど。 ユーレンはゆっくりと瞳を開いた。 魚は相変わらず泳ぎ、花瓶にささる数種類の花が心地好い。 隣に眠る母は相変わらずで、起きる気配がない。腕からのびたチューブが痛々しい。 「…ああ、寝返り。」 母の体をごろん、と横に転がした。人間は寝返りをしないと血液がたまってしまうらしい。 「約束って、なんだったかなぁ…。思い出せないや。」 ユーレンの瞳がまた潤む。 「……行くか。」 涙をぬぐうとユーレンは歩きだした。部屋を出る際に後ろを向くと広い部屋にぽつんとベッドだけがある。 「はやく、戦争なんて終わらすからね。」 そしたら二人で暮らせるのに。 ユーレンはバタン、と重く硬い扉をしめた。 少し歩くと専用のエレベーターに乗り、上へ上へと上がっていく。 「とりあえず、こんな腕だしヘブラスカのとこかなぁ…。」 腕には相変わらずの模様。装備型でリナリーのように常に体に身につけているわけではないが、これはイノセンスを一度返したほうがいいかもしれない。 こんな状況だし、しばらく任務なんてないだろ…。 ん〜っ、と伸びをしながらエレベーターを降りると細い道を歩き、壁にある決められた仕掛けを押す。 すると小さく道が開き、水路の方に出る。任務に行く際よく使う交通網だから慣れた道だ。 そしてこれまた細い道を壁にへばり付くようにしながらスイスイ進み、少し高い場所に上るといつも船にのるその場所についた。 「さて、と。」 ユーレンは目的地に向けてまた歩き出す。 *** ひどいものだ、とイノセンスを還した途端にユーレンはヘブラスカにそう言われた。詳しく話を聞けば、どうやらこの腕の痣は眠りでもすれば治るとのこと。それからなんとなしに計ってもらったシンクロ率だが、29とこれまたわめき散らしたくなるような数値だった。そりゃあ痣のある腕じゃイノセンスに触れられないわけだ、と悔しくも納得してしまった。 「またしばらくしたら取りにくるね。」 どうせ我らが室長様はしばらく自分たちに任務を与えたりはしないだろう。今、戦場に動ける人間放り込をんだって、死ににいかせるようなものだ。ヘブラスカは肯定の素振りを見せた。 「じゃ、僕はこれで。また数日したらくるよ。」 「ユーレン、」 「なぁに?」 彼は表情のわからないまま決まり文句のようにそれを告げた。 「お前に神の加護を………。」 「……ありがと。頑張って傷を癒すよ。」 思い出すと身体の至る場所が痛む気がする。ただ、傷ができて一番辛いことは治る直前のあの痒みだとユーレンは思っている。 それから、勿論のことではあるが、ユーレンは神なんか信じちゃあいない。むしろ信じる人間をみなひねりたくなる。しかし、ユーレンを含め多くの人間の心には無意識のうちに神を住まわせており、必ず求めるような習性がある、とユーレンは持論を持っている。ユーレンの場合の神はマリア。宗教なんかなら、それぞれが信ずる神像を。幼き子供ならば母を、父を、兄弟を。彼の歪んだ考えを聞け、なおかつ否定も肯定もせずに聞いてくれるのはラビだけだ。ユーレンは、これでもラビに感謝している。しかし、その感謝を伝える術がなかなか難しい。まあ、ラビは持ち前の直感力でわかっていたりするのだが。 ヘブラスカの元から遥か上を目指すエレベーターは上がり続ける。首を触るとぶら下がるはずのイノセンスはなく、それが少しの不安を煽りユーレンは自身の肩を抱いた。 0504 頑張った。もうすぐでわちゃわちゃしてきます。 ▽ |