欠落 | ナノ

罪をかぶる愛

ラビは少し前を思い出していた。
今でこそ仲も良く、ユーレンの過去に触れられるくらいの仲になったラビだがそこまでの道のりはとんでもないものだったと思っている。


今からおよそ二年前、ラビはユーレンに初めて会った。
第一印象、元気でかわいい少女。リナリーとも仲がよさ気、とっつきにくい神田ともそれなりにうまくやってる器用な奴。
いつもフリフリのかわいらしい服を着て、綺麗な髪を揺らしながら歩いていた。通常はボブのような頭であったが、ウィッグを被り、よく出歩いていた。声は中性的で、たまに憂いのような冷たい目がかいま見えた。
突如ブックマンと一緒に入団してきた自分にも優しく接し、リナリーと一緒に案内なんかをしてくれたものだ。

しかし、ユーレンという人間にはどこか決定的に不安定な部分があった。

「お前ら、母さんに何かしたら許さない!わかってるのか!?」

ルベリエと話しているときのユーレンをたまたま目撃してしまったのだ。夜中ということもあり、寝る前であったのかユーレンの格好はいつになくラフだった。

ユーレンの怒鳴り声と見える鎖骨や足首、手首、その全てから自分の第一印象が覆えされた。
ユーレンは男だ。

ここまで上手く化けるのか、とドキリとしたものだ。そこからなんだかんだかの繋がりができ、どこか一線をひいたユーレンと少し親しくなることに成功した。

ラビはどこかで感づいていた。ユーレンは何かを隠しもっている、と。簡単なことかもしれない。しかし、いつもの様子から一変しあんなにも怒鳴るほど心に根付く秘密だ。
知りたくなった。

今は、間違いではなかったとは思っているがユーレンが話し出すまで待てなかったことを後悔している。


ラビは彼の母に会ったことはない。この教団のどこかに居ると言われたが、彼にはその場所は思い当たらなかった。

「…マリア、」

彼は任務に行く前なんかによくその名を口にした。自分をきつく抱きしめ、何度も呟いた。

そして彼がイノセンスにマリア、マリアと呼ぶのを耳にしたこともある。あれはマリアは、イノセンスの名前なのか。
そう思ってユーレンに話を切り出した自分をしかってやりたい。

ユーレンの地雷を踏んだことに気付かず、よくは覚えていないがマリアという言葉について尋ねてしまったのだ。

その時のことはよくは覚えていない。ブックマンとしてもなんたる失態だ。

だが、彼が吐いたある言葉が酷く心に残っている。

『マリアは僕を…生かさない…!』

そして、その時の彼が酷く怯えていたのも覚えている。

そういえば、彼は何故イノセンスが発動できるのか不思議なほどにシンクロ率が低かった。
マリア、つまりイノセンスに殺されるとでもいうのか。
いや、彼がマリアを口にするときは酷く憂いを帯びた表情だ。終わらない懺悔と後悔。
あれはやはり、人の名前なのだろう。



だからユーレンから話を聞いたときは自分の考えが当たりであったことに驚いた。そしてイノセンスの名前を尋ねたことがあった。

「あぁ、名前なんかないよ。」

ユーレンはあっけらかんと言ってみせた。

「マリアは大切な名前。イノセンスに、そんな名前つけるもんか。」

「ユーレンは、マリアに執着してるんさ?」

また取り乱されるかと思った。だがユーレンは柔らかく微笑み、自分に言ったのだ。

「幼心だったけど初めて、大切だと思った人なんだ。…誰とも話すことなくアクマとしてひっそり生きてきたなら、彼女は寂しかったんだろうね。」

そこまでいうユーレンに、ラビはマリアという人間に会ってみたくなった。
ラビの脳裏に会ったこともないその人物が浮かぶような気がした。でも、その人はもういない。


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