三章 卵を惑わすラビリンス
科学者『B』2
「次にこれを読んでみろ」
 アルフレートに示された本の中身をわたしは読み上げる。少し古めかしい本だが共通語だ。
「『……私は面白い人物と知り合えたことを幸運に思う。彼は全く私を飽きさせないのだ。今日見せてもらった不思議なカラクリは犬を模した玩具で、なんと鳴いたり跳ねたりする。【もっと見た目も本物に近づけたいんだ。それこそみんなが本物と見間違えて干し肉を投げ与えたりするぐらいにね】そう言ってバレットは自慢の白髭をさするのだった』」
 わたしは思わず本を手放す。ローザがその本を自分の手元に引き寄せると、表側を見回した。
「『パエルニスタ国回顧録』アダム・クラウザー、ですって」
「彼は五十年ほど前のパエルニスタの貴族だ。……そして彼の若かりし頃の回顧録にバレットという変わり者の発明家が出てくる。その頃にはすでに白髭だったようだな」
 一瞬、場が静まり返る。わたしもアルフレートの言いたい事を何となく理解しつつも言葉が出てこなかった。
「すごい長生き?」
 フロロが尻尾を揺らす。
「バレットが人間じゃないなら有り得るかもな」
 長寿の種族、エルフであるアルフレートが答える。暗に否定しているような響きだ。人間より長寿の種族などたくさんいるし、何世紀にも渡って歴史に登場するエルフもいる。
 ただ、バレットさんは人間にしか見えなかった。少なくとも外見的には。
「もしかして……これ全部?」
 わたしはテーブルの上に散らばる書物を見渡した。アルフレートは一冊ずつ手に取り、わたしの疑問を肯定するように説明を続ける。
「私の仮定論も入っているから何とも言えないな。全部鵜呑みにして聞くなよ?一番新しいものは一昨年発行された科学研究論文集。これは他の研究家の論文に少し余談で入っている程度。一番古いものは……これだ。友人に無理言って借りて来たものだから乱暴に扱うなよ」
 そう言ってかろうじて巻物の形になっている、というような状態のボロボロの紙を出してくる。
「中はかろうじて現代の共通語だから古代文明時代じゃない。しかし『アガディア帝国』やら『メスト大陸』やら出てくるから六百年は昔だな。名前もその頃の名前らしい名前だがね。『錬金術師バレスタ』として登場している。これが彼のことなら私より長生きになるんだなぁ」
とアルフレートは笑った。
「ど、どういうこと?」
 わたしは乾いた声しか出なかった。
「さあね。半世紀、1世紀ごとぐらいに『変わり者の発明家』が登場している、って話しさ。名前はバレット、バレスタ、バラド、ブラッド、ブランド、……ここまでくると私のこじつけになるかな?ただ出現する地域も見事にバラバラだ。イーストエンドからウエストエンドまで……」
「一つ気になるのはさ、なんで有名になっていないんだ?」
 ヘクターが赤い革張りの本を眺めながら尋ねる。
「同業者の間じゃ有名なのかもしれない。『ああ、またBが出た』なんてな。私が推したい仮説はこうだな。彼はもう何百年も前にいなくなっている。それ以降の『彼』は、彼の発明品……つまりロボットに他ならない。なんてな、どうかね?」


「どう思った?」
 帰りのバスの中、隣りに座るヘクターが語りかけてきた。
「うーん……、アルフレートの話しは面白がって脚色している部分が大きいと思う。わたしは単に、大昔の偉大な先輩にあやかって同じような名前を継いでる研究者が多いだけなんだと思うな」
 言ってから我ながらつまらない事言っちゃったな、と思ったが、これが正直な感想だ。
「でも、本に載るようなすごい人に会えたっていうのは本当だもんね。フローラちゃんみたいなすごいものまで貰っちゃったし」
 わたしが言うとヘクターは頷いた。
 イグアナ『フローラちゃん』は話し合った結果、ローザの家にお世話になっている。彼女の家が一番学園に近い(というかすぐ裏)ので皆が集まりやすい。その上お金持ちなので家が広いからだ。
「俺も考えついたんだけどさ」
 思わぬ言葉にわたしは「え?」と聞き返す。ヘクターは一度小さく頷いた。
「バレットさんは本当はずーーーっと未来から来た人、っていうのはどう?未来からタイムマシーンに乗って、色んな時代で遊んでるんだよ」
 わたしはヘクターの口から意外な単語が出てきた事に思わず笑ってしまう。『タイムマシーン』とは随分前に爆発的に売れた空想小説に出てくる発明品の名前だった。確かに小説に出てくる発明家もバレットさんのような変わり者だった。
 それから二人で暫く「バレットさんのタイムマシーン紀行」の空想話しで盛り上がる。考えたところで本当の事など分からないのだ。だったら勝手に想像して話しのネタにした方がおもしろい。
 ヘクターは退屈しのぎに話題を振ってくれたのかもしれないけれど、誰にも邪魔されない空間にわたしはこのままこの時間がずっと続いてくれないか、そればかりを考えていた。
 また明日から学園での馬鹿騒ぎを楽しむ。その輪には新しい仲間が追加されたのだ。
 わたし達を救ってくれたリーダーは、眺めているだけの時には見られなかった笑顔をわたしに向けていた。


fin
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