三章 卵を惑わすラビリンス
魔術師、それぞれの道へ1
「また明日からは普通に授業受けなきゃいけないのよねえ。変な感じ」
 教官室を出てから揃って廊下を歩く中、ローザがぼんやりと呟いた。
 演習を終えたわたし達はこれから、定期的にクエストを受けて旅の生活に入ることになる。でもまだその他の期間は今まで通りに学園で授業を受けていく必要があった。
「まだ今回の事、レポートにまとめる作業も残ってるわよ。大体の流れで良いらしいけど、わたし達の場合はバレットさんが余計な事してくれたお陰で面倒なのよね」
 わたしはそこまで言ってから、ある事を思い出す。「あ」と呟くとメンバーに手を振った。
「ちょっと自分の教室戻るから、先行ってて」
「どした?」
 フロロの問いにわたしは首を振る。
「忘れ物があるんだ。出発前のレポートで、ロッカーに置きっぱなしなの」
 正確に言えばわたしの書いたレポートではなく、クラスメイトのポリーナが書いたものだ。教官からの指摘に闘志を燃やしたらしく、なぜかわたしに難しい内容のレポートを押し付けてきたのだ。
 そのまま校門に向かうメンバーとは逆の方向に駆け出す。廊下をすれ違う生徒も年下ばかりになっていた。
 ソーサラークラスの自分の教室前に戻ると、ロッカーを開けて問題のレポートを取り出す。旅の前は忙しくてそれどころじゃなかったが、一応目を通して感想くらいは伝えてやろうじゃないか。
 そんな事を考えていると教室内、人の気配がするのに気がついた。他にも帰って来ているクラスメイトがいるのだ。扉を開けようとノブに手を掛けた時、向こう側にいたらしい人物が扉の隙間から、ぬっ、と顔を出す。
「うわ!」
 わたしは思わず驚きの声を上げる。ぼさぼさの髪を真っ黒のローブで覆い、何とも暗い雰囲気の人物。よく見ると我が学友のロレンツであった。
「なんだ、びっくりさせないでよ……」
「なんだって何だよ、こっちだってびっくりしたぜ」
 ロレンツはむっとしていたが、急ににやりと笑う。
「で、どうだったんだよ。帰ってきたところなんだろ?」
 顔に思いっきり「どうせまた失敗やらかしたんだろ?」と書いてある。わたしはその顔にふふん、と鼻を鳴らす。
「残念ねー、お望み通りの展開じゃないわよ。ばっちり成果上げてきて、今教官達からも褒められてきたんだから」
 わたしが胸張りつつ答えると意外にも彼は嬉しそうに、「本当か!」と声を上げた。少し調子を崩されたわたしであったが、簡単に旅の話しをする。
「実は予定外の展開になっちゃって大変だったのよ。依頼人が消えたり、村で奇妙な噂があったからそれも調べたり、戦闘も多かったし……」
 嘘は言ってないはずだが、変な汗も出てきた。変に誇張するような言い回しのせいだろうか。見栄を張るのに慣れてないのが露呈される。
 しかしわたしの言葉に心なしかロレンツの目が輝いていったように見えた。
「すごいじゃんか」
「ま、まあねー」
 手放しの賞賛は予想外だったわたしは照れくさくなる。ロレンツは暫く廊下の窓の外を眺めていたが、ゆっくりと口を開いた。
「俺さ……、実はまだ迷ってたんだ」
「何を?」
「うん、……このまま本当に研究科に進んで、本当に旅に出なくていいのかって」
 思わぬ話しにわたしは「え」と言った以降、言葉を失ってしまった。
「あ、俺が冒険の旅に出るより研究に没頭したいっていうのは事実なんだ。俺自身、そっちの方が向いてるって自覚もあるし。……でも、何て言うのかな、せっかくここまでこの学園にいて、本当にこのまま研究だけの日々になっていいのかなって」
「……何となく、分かるよ」
 気安く返事したわけではない。わたしの本心だった。
「サンキュ。でもな、やっぱ俺にはお前らみたいになるのは無理だってわかった。俺は俺なりに研究科でがんばって、お前らのプラスになるような活躍が出来るようにやってみるよ」
 わたし達が冒険に出ている間、彼にもそれに値するような何かがあったのかもしれない。「どうしてそう思ったの?」と聞いていいのか迷っていると、わたしの顔に出ていたのか彼は話しを続けた。
「俺さ、お前がこのソーサラークラスじゃはっきりいって落ちこぼれなのを見ててさ、しかもお前、学科はそれなりに出来るくせに肝心の実技が全然なタイプだし、……それでも諦めないのがすごいと思うよ」
 よ、喜んで良いのか微妙な話しな気もするが、結構嬉しい事言ってくれるじゃないの。
「俺はダメなんだよな。自分でも嫌になるぐらいプライドが高いみたいで、一回失敗すると全部嫌になるわけ。でも、冒険なんて自分以外の命かかってる場でそんな性格だと駄目だと思ったんだ。……意外とお前みたいなタイプの方が向いてるんだと思うよ」
「ありがと」
 ロレンツはいえいえ、というと廊下を去って行ってしまう。わたしは暫し、自分が何をしに来たのかも忘れてしまって、ぼんやりと彼がいなくなった方向を見つめていた。
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