三章 卵を惑わすラビリンス
依頼完了2
 馬車を乗り継ぎ乗り継ぎで町に帰ってきたわたし達は、真っ先に学園に戻る。全員の意見が一致して「まずは教官達の所へ」となったのだ。
 『やってやったぜ、ざまーみろ』という気分で学園内を歩く。しかしまだ冒険中の生徒が多いのか、同期生の姿が無い。少し不服だが一泡吹かせる相手は教官達が本命だ。
「帰りました!やりました!報告に上がりましたー!」
 わたしはそう叫びながら、どーんと扉を開け放つ。教官室に乗り込んだわたし達を見て、しんとなる大人達に「あれ?」と思ったのだが、
「ほ、本当か!」
 手を前に突き出しながら駆け寄る学年主任のメザリオ教官に身を引く。
「ほ、本当ですよ。ばっちり依頼人からのサインも貰ってきてます」
 ローザが書類を取り出し、教官の前に突きつけた。暫く無言でそれを凝視していたメザリオ教官は、次第に目を真っ赤にし、
「よくやった」
と全員の手を握って回る。あ、なんかわたしもちょっと泣きそうかもしれない。
 ふと隣りに現れた影にびくりとし、涙が引っ込む。コルネリウス教官だ。この状況で怒られるとは思わないが、この教官を前にすると自然と緊張が走るのだからしょうがない。
 コルネリウス教官も無言でメザリオ教官の手に渡った書類を眺めていたが、
「立派になって」
と泣き始める。ハンカチを眼鏡の奥に押し付けながらわたしの頭を撫で回した。他の教官からも「かわいい子には旅させろって本当ですねぇ」などの言葉と共に拍手を貰う。あまりの反応に複雑な気持ちになってきた。
「ちょっとあんまりじゃない?」
 そう言うローザとイルヴァが顔を合わせる後ろ、扉が再び開く。
「終わりましたー!」
 そう言いながら満面の笑みで入ってくる集団。同期生の別のパーティだ。その中の一人と目が合い、お互いに「あ」と声が出る。
「お帰り、上手くいったの?」
 黄緑頭を黒いローブですっぽり覆ったディーナに尋ねる。すると彼女は口を尖らせた。
「あああ当たり前じゃない。リジアみたいな子が上手くいくんだから、私だってこのくらいなんて事無いわよ」
 そう言ってふん、と鼻を鳴らすディーナだったが、仲間の集団が教官達を囲んでいる姿を見ると小声で話し出す。
「……実はジリヤがスカウトされて、そのパーティの友達グループを紹介して貰えたの」
その話にわたしはジリヤのオレンジ頭を思い出す。へえ、スカウトなんて凄いな。
「結局自分じゃ動いてないんだけど、それでも良いってコルネリウス教官が珍しく褒めてくれたんだ」
 ぽつりぽつりと話す彼女に胸がじんわりとする。すると、
「ディーナ、ご飯食べに行こう!」
 部屋を出ようとするディーナのパーティメンバーが手を振っている。随分背の高い女戦士だ。
「良い人そうね。かっこいいし」
 ストレートのロングヘアが揺れる女戦士は顔は人懐っこく、女のわたしから見ても素敵だった。
「で、でしょう?」
 ディーナは少し頬を赤らめながら、自慢げに胸を張った。
 そのまま部屋を出て行くディーナパーティを見送っていると、
「な、なんだそれは、話が全然違うじゃないか」
メザリオ教官の声にはっとする。その教官の前にいるヘクターの様子から、今回の旅のあらましを話したらしかった。そのヘクターの頭をローザが押しのける。彼の首がぐきり、と鳴り、わたしは駆け寄った。文句を言おうとするも、オカマの矢継ぎ早な愚痴にかき消される。
「そうよお、困っちゃった。結局頼まれた物は本当に研究に使うらしかったから良かったけど、変なダンジョンに付き合わされた挙句に『こういう趣味だから』なんて言われちゃうんだもの。怒る気も無くなるわよね」
 厳しい顔をするものの、困ったような空気を感じるメザリオ教官の横で、コルネリウス教官の顔が仮面のような無表情に変わっていく。フロロが「こ、こええよ」と呟いた。
 そのままコルネリウス教官は机に向かうと「あの糞ジジイ、この国でもまだこんな事やってるのか」とぶつくさ言いながら、何かを書き始めた。小花模様の薄く入った綺麗な便箋を見るにどうやら手紙らしい。
「……え、何、知り合い?」
 そう尋ねるメザリオ教官にコルネリウス教官は舌打ちする。
「私の前の赴任先で問題視された依頼人です。同じように簡単な依頼内容で生徒を呼びつけて、自前のダンジョンとかいう物を用意して生徒の反応を見る、という事を毎回やっていたんです。危険性は無くても依頼と実際の内容を毎回故意に変更するので、前の学園では『お断り』していた人物なんですよ」
 コルネリウス教官の早口な説明にメザリオ教官は「あー……」と呟くのみだった。ガリガリと手紙をしたためる相手の迫力に押されたのだろう。
「前の赴任先に確認を取ります。あと、明日私もバレット邸に確認に参ります」
 きびきびと動くコルネリウス教官の言葉を聞くに、バレットさんはうちの学園も今回限りの付き合いになるに違いない。
「……行こうか」
急に張り詰めた空気になる教官室を前に、ヘクターがそっと提案した。
[back] [page menu] [next]
[top]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -