三章 卵を惑わすラビリンス
依頼完了1
 翌朝のよく晴れ渡る空の下、バレット邸前で別れの挨拶をする。バレットさんを先頭に猫達が門の前にずらっと並ぶ。ぱっと見てお初の顔もあり、全部で十数名。こんなにいたのか、と少しびっくりしてしまった。
「それじゃ、気をつけてな」
 寂しそうにぽつりと呟くバレットさんとヘクターが握手をする。
「顔を忘れられないよう、また直ぐに来ます」
 ヘクターの言葉にたちまちバレットさんは笑顔になった。きっと普段の生活は退屈なのだろう。もう少し家の外に出ればいいのに。
「洒落た言い回しするねえ、流石リーダー」
と茶々入れるアルフレートに、
「アンタと違って下品じゃないしな」
とフロロが返す。別れの場でも妖精二人は変わりない。
「絶対またくるにゃー」
 白猫タンタとわたしはがっちり抱き合った。見た目通りふわふわした毛が頬に当たり、気持ち良い。隣りで黒猫を抱いたイルヴァが「連れて帰りたいですねー」と漏らす。わたしが見ると、
「分かってますよう」
と頬を膨らませた。
 バレットさんにサインを入れて貰った依頼完了の証明書を受け取り、わたし達は馬車へと乗り込む。山の麓までだが、行商の人に乗せていって貰えることになったのだ。もちろん護衛も兼ねてである。「上で胡坐かいてもいいぜ」と言われた荷物の上に座り込み、息ついた。
「忘れ物無いかい?」
 馬の手綱を握る商人のおじさんがわたし達に尋ねる。大丈夫、と言おうとした時、馬車の扉をノックする姿に気がついた。表からタンタが何かを窓の方へと持ち上げる。
「お土産にゃー」
 小さな手に乗ったそれはバスケットだ。可愛らしい小花柄のクロスを開けると焼き菓子があった。
「あなたが作ったの?」
 わたしが尋ねるとタンタは恥ずかしそうに身をよじらせる。
「タンタの趣味だにゃ」
「ありがとう、ぬいぐるみも大切にするね」
 わたしはお礼を言うとタンタの頭を撫でた。イルヴァじゃないけどこんな姿を見ると連れて帰りたくなる。
「でも家、犬いるしな」
「あんたって時々ずれてるわね」
 呟くわたしをローザが微妙な顔で見ていた。
 姿が見えなくなるまで手を振り続け、最後まで見えていた猫の耳が視界から消える。急に寂しくなってきてしまった。村で一番大きな通りを過ぎれば出口はすぐそこ。窓の外の景色を眺める中、ふと目に入った女の子の姿にわたしは立ち上がる。
「あ!ち、ちょっと待って!ほんの少しだけ馬車止めてください!」
 「忘れ物?」と振り返るおじさんにわたしは首を振り、窓から身を乗り出す。
「えっと、おはようございます!」
 わたしの挨拶に窓の外で箒を掛けていた人物が驚いた様子でこちらを見た。
「あら!おはよう、今度こそ帰っちゃうみたいね」
 何度か足を運んだ大衆食堂のウェイトレスは馬車に乗るわたし達にそう言った。
「うん、もう帰るの。……あのさ、バレットさんの事なんだけど、良い人だから!こんな事言っても意味分からないだろうけど、噂は違うから!詳しくは言えないんだけど、仲良くしてあげてくれない?」
 わたしのしどろもどろの説明に目をぱちぱちさせていたが、ウェイトレスの女の子は可笑しそうに笑った。
「うん、分かったわ!今度飲みにくるよう誘ってみる。その分だと冒険も上手くいったのね?おめでとう」
 その言葉にほっとして、わたしも笑顔を返す。馬車の中に体を戻すと、仲間のにやにやした顔があった。
「立派な冒険者らしいじゃんよ」
 フロロの茶化しにわたしはふんぞり返った。
「でしょう?皆の平和と友好の為に動くのが冒険者ですから」
「顔赤いけどな」
 アルフレートの突っ込みには「うるさいわね」と返す。
 ごとりごとりと馬車の振動が大きくなった。山道に入ったのだ。
「改めて考えても不思議な人達だったわね」
 小さくなっていく村を眺め、ローザがぽつりと呟いた。
「変な人達だったね」
 わたしもそう返す。横でヘクターも頷いている。
「世の中には我々など追いつきもしない変人がいるもんだ。勉強になったじゃないか」
 アルフレートの締めは微妙に納得いかないものだったが、とりあえず全員が頷いた。
 イルヴァの肩に止まるイグアナの『フローラ』に目が行く。バレットさん、タンタを始めとした猫達を思い出して胸が熱くなる。初めての冒険が終ったんだ。へんてこりんで不思議なバレットさんと猫達だったが、お別れになるとどうしてこんなに寂しいんだろう。隣りから声がかかる。
「また、すぐ来れるよ」
 ヘクターの声に頷く。彼とこんな風に話せるようになった事も、わたしにとっては神様からの贈り物のようなものだ。案の定、戦いの場面では良い所は一つもなかったわたしだが、言いようの無い満足感に満たされていた。
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