三章 卵を惑わすラビリンス
フローラちゃん1
「こ、これは……」
 テーブルに置かれたそれを目の前に、わたし達は息を飲む。
 バレットさんがそっと差し出した緑色の小さな生き物。全体の半分以上を占める尻尾を入れてもわたしの腕ぐらいしか無い。
「……とかげ?」
「イグアナ!」
 わたしの言葉をバレットさんが厳しく訂正する。どっちでもいい。
「いや……これ貰っても困るんですけど」
 わたしが遠慮なしに言うとバレットさんはちっちっちと指を振った。
「これはイグアナ型ロボットでな。わしは今人口知能の研究をしとるんだが、これが第1弾。この世に二つとない大発明じゃぞ?」
 それを聞いても眉を上げるしか出来ない。何しろあの巨大ロボットの暴走を見たばかりだ。
「ガーシュライザーのような一定のプログラムをこなすタイプのロボットとは違うぞい!学習機能を搭載、感情に近い反応も見せるという凄いロボット!わし天才!」
 いやー、そう言われても、ペットを押し付けられても困るんですよ。
 そう目で訴えるわたしの顔を見て、バレットさんは手を振り遮る。
「まあまあ、まだあるぞい。誰かこのイグアナのココに触れてみなさい」
 バレットさんが指差すのはイグアナの頭頂部にある小さな赤い宝石のようなもの。誰もが無言で躊躇する中、フロロが一歩踏み出すとそのままイグアナの頭へ手を伸ばす。その瞬間、何の音も振動も無く、フロロの姿が消えてしまったではないか。
「きゃああー!!ちょっと!フロロ!」
 思わずわたしは悲鳴を上げた。わたしは反射的に老科学者の襟を掴まみがくがくと揺らす。
「何したのよ!」
 しかしバレットさんは自信たっぷりな顔のままだ。
「大丈夫大丈夫。フロロくん、中にも同じようなボタンがあるだろう。それにまた触れてみなさい」
 次の瞬間、わたし達の前にフロロが現れた。またしても一瞬の出来事に皆が息を飲む中、フロロは目をぱちぱちさせ、飛び跳ねる。
「すごいーすごいー!ごいすーごいすー!」
 部屋を踊りながら回る彼を捕まえるとわたしは尋ねる。
「何!?何が起きたの!?」
「リジアもやってみなよ。新しい世界が開けるよ」
 も、もうちょっと解りやすい説明を……。わたしには彼が透明人間になったかと思えば、また姿を現したようにしか見えなかった。
 わたしが文句を言おうと口を開くと、
「あ」
ローザの声が後ろから聞こえる。振り向くとイグアナを囲む人数が減っているではないか。いないのは……ヘクター。
「ど、どこ行っちゃったの!?」
 バレットさんは黙ってテーブルを指差す。すなわち、イグアナを。残ったわたし達はお互いの顔を見る。
「イ、イグアナの中に居るってこと?」
 ローザが眉間に皺寄せながら尋ねるも、バレットさんはにこにこしているだけで答えない。もう!とわたしは鼻息荒くする。
 堪らなく不安だが、どうなっているのか知りたい欲求の方が大きくなってきた。
 ええい、ままよ!
 深呼吸すると、わたしはそっとイグアナに手を伸ばした。
 耳鳴りになる一歩手前の感覚。一瞬のふらつきはあったものの、何が起きたか解らない。ぼんやりするわたしの前に見知らぬ部屋の光景がある。何もない部屋。そこにわたしはいた。
 わたしのそんなに広くない自室より狭く、広めの物置といったところか。光源がどこなのかわからないが不快でない程度に明るい。
 左手に一つドアがある。一つ深く息をするとわたしはドアの方へと足を進めた。その時、そこからヘクターの顔がひょいと現れるではないか。わたしが安堵の息を吐くと彼の方もこちらを見て微笑む。
「こっち来てみなよ」
 わたしがそちらへ向かおうと足を踏み出すと、後ろにフロロが現れた。また移動してきたらしい。わたしは彼に尋ねる。
「皆は?」
「外でじゃんけんしてる」
「あっそ……」
 わたし達三人がいなくなっているというのに薄情な奴らだ。
 ふと視線をフロロが出現した方向にやると、壁に拳ほどの赤いものが張り付いているのが見える。うっすら魔力を帯びる宝石。魔晶石だ。なるほど、これが『こちら側』からのスイッチらしい。転送装置になる魔晶石、こういうのを見せられるとやっぱりバレットさんはただ者じゃないと思わされる。
 ヘクターとフロロが入っていったドアの方へ行き、中を覗くとわたしは一瞬言葉を失った。
 その部屋はおよそわたしが見たことのない世界であった。部屋の上半分は窓で覆われ、下の方は見たことが無い機械のようなもので埋め尽くされている。その前には角ばった大きな椅子が二脚。操縦席、というやつだろうか?窓の外の光景はというと、
「何これ、イグアナからの目線ってこと?」
 まるで自分がピクシーにでもなったかのように、先程までわたしがいたバレット邸の食堂が引き延ばされた大きさで見える。ビールを飲むバレットさんも、その周りにいる猫達もドラゴンのように大きいのだ。イルヴァとアルフレートがじゃんけんをしている姿も見える。
 それを見て、わたしはふと思い立ち、先ほどの部屋へと戻る。部屋の中には呆然と立ち尽くすローザの姿があった。
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