三章 卵を惑わすラビリンス
勇者達、翻弄する2
「いやー、楽しかったよ」
 バレットさんはビールを片手に朗らかに笑った。あの後どういう仕組みなのかは分からないが、あの大部屋に突入した時の入り口から脱出すると、上に上がる階段が出現していたのだ。上ると何事もなかったかのような元のバレット邸があったのだから気が抜けてしまった。
 疲れきってテーブルに突っ伏すわたし達の間を猫達は忙しそうに走り回る。飲み物から始まり、いつから用意していたのか豪華な料理を運んでくる。
「楽しくないわよ、全然楽しくない」
 シャワーを借りて綺麗になったローザが不機嫌そうにグラスの中身を傾ける。
「まあ俺は楽しかったからいいけど」
というフロロに、
「俺も楽しかったから良いかな」
一番割り食った役だったはずのヘクターが笑う。ローザが小声で「良いんだ……?」と呟いた。わたしはというと疲れた!というのが本音だが、フロロ達に同調する部分もある。皆無事だったんだしね。
アルフレートとイルヴァはいつもと変わらない顔で飲み物を口にしている。マイペースな二人には「事が終わればどうでもいい」ということだろうか。
「さて、と……、何だってこんな真似を?」
 わたしはテーブルに身を乗り出す。バレットさんは悪びれる様子も無く答えた。
「わしの趣味。わしの専門分野は生活に関わる器具、ってなってるけど実際はロボットの方が好きなのよ」
「しゅ、趣味って……!」
 ローザが怒り篭った口調で何やら言いかけるが、直ぐに馬鹿馬鹿しくなったのか溜息に変わる。
「兵器として目をつけられやすい分野だから内緒なんだけどね。でもたまにこうやって弾けたくなっちゃう」
「要するにわたし達の反応を楽しむ為だけにやったんですね?あの入り口の血だとか……」
 わたしの質問にバレットさんは嬉しそうに髭をさすった。
「ああいう状況を見せれば、中に入るしかあるまい?」
 反論しようとしたが言葉に詰まる。冒険家を目指すものがあんな依頼人に危害があったようにも見える状況で逃げ帰ったら、それこそ末代までの恥だ。
「いつもこんなことしてるんですか?」
 フルーツジュースを飲みつつわたしが聞くと、
「何度か」
としれっと答えた。
「あれ?でも学園に依頼するの初めてって言ってたわよね?」
 ローザが聞くとバレットさんは頭をかく。
「ここに越してからは、ね。前に住んでた国では何度かその国の学園から学生呼んでたんだけど、何度もこういう事やってたら受けてくれなくなっちゃった」
 そう言ってビールをぐびり。
「しかしどっからバレちゃってたの?まだまだ罠はいっぱいあったのになー。もっと時間掛かるかと思ったのに」
 バレットさんがぐちぐち言い出した。最終場である大部屋に踏み込んだ時のわたし達の反応からだろう。
「あんだけバレバレの罠なら誰でも気づきますよ。危害加える気ゼロなんだもん」
 わたしはバレットさんを睨む。すると横にいた白猫タンタが口を開いた。
「でもおねーさんがプールに落ちた時はひやりとしましたにゃー。気を失っててもおかしくにゃい高さだったからにゃ」
「ああ、そん時は魚人型ロボットに救助させる予定だったから大丈夫」
 バレットさんが手を振り答える。助けてくれたのがヘクターで良かった、と心底思う。
「あのプールだけやけに大掛かりだけど、用意した罠の一つなんですか?」
 ヘクターの質問にバレットさんは首を振る。
「今回、罠に活用したけど本来はガーシュライザーを冷やすプールなんだよ」
 その答えにわたしはあのロボットがお風呂に入るようにプールに浸かる光景を想像する。というかそんなところに入りたくなかった。その時、肝心な事を思い出したわたしは手を叩く。
「そうそう、バレットさん、行方不明事件の犯人では無かったにしろ、村の人からは疑われたままなのよ?いいの?」
 わたしの言葉が終わる前にバレットさんは猫達に指で合図する。茶虎猫が持ってきた何かを受け取ると、わたし達に見せる。
「手紙?」
 二つの別々の封筒を見てわたしは尋ねた。
「北の方に越して、一からやり直してる一家と、隣国サントリナに渡って結婚した二人の近況報告。これ見せれば良いんだろうけど、見せちゃまずいでしょ?お金もちょっとづつ返して貰ってるから、隠しておいてあげたいしね」
「あ……夜逃げと駆け落ちなんだっけ」
 わたしが呻くとフロロが「そりゃマズイよな」と付け加える。
「にしても君らには迷惑かけちゃったね。まさかコントロールが壊れて、自動操縦モードになっちゃうなんて予定外だったから」
 バレットさんは一人うんうんと頷く。迷惑を掛けたポイントの最大はそこだとしても、そもそもの企画が迷惑なんだけどな。と伝えようとするが、
「そこで、だ。君達に私から贈り物をしたい」
 その言葉にわたし達六人の目が輝いた。現金なものである。
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