三章 卵を惑わすラビリンス
正しき勇者達1
 せっかく六人が揃ったというのに感動の再会、とはならないのがわたし達らしい。怒り爆発のローザが喚く様子を皆で眺める。
「全部この女のせいよ!」
 ローザはそう言って、びしりとイルヴァを指差した。
「『いかにも落し穴です』って言ってるような切れ目の見える床で、いかにも〜な宝箱なんてあっても触らないでしょフツーは!」
 この台詞で大体の状況が読めたわたしは溜息をつく。怒りで顔が真っ赤になっているローザとは対照的に、イルヴァは人形のような顔のままだ。それが逆に火を注いでいるらしい。
「その前から最悪だったのよ!でかい岩に追い掛けられるわ、火の矢が降ってくるわ、変なスライムは浴びるわ……!リジアたちとはぐれてから散々だったのよ?もうイヤ!絶対イヤ!この女と一緒にいるのは耐えられない!」
 よく見ると、二人とも頭に不気味な半透明の物体がまだらに乗っていたりする。うわぁ、気持ち悪いだろうな……。ローザが怒りで震える為にスライムもぷるぷると揺れる。それを見て少し笑いそうになってしまった。
 しかしわたしとヘクターも未だ半乾きのままである。気持ち悪いったらない。
「まあ、はぐれたこと自体がイルヴァのせいだしね。こっちも散々だったわよ。ずぶ濡れにはなるし」
 わたしもそう言って問題のイルヴァを横目で見るが、本人はしれっとしたままである。
「楽しんでいただけました?」
『やかましいっ!』
 わたしとローザの声が重なった。ローザがさらに続ける。
「大体おかしいのよ、ここ。さっきバジリスクタイプのモンスターに会ったんだけど、イルヴァがあほみたいにバカーンと倒してみたら……そいつら、中身が何だったと思う?」
「作り物だったんだろ?」
 アルフレートの言葉にローザは片眉をぐっと上げた。
「知ってたの?早く言いなさいよ」
「わたし達もさっき、その話をしてたのよ」
 わたしが言うと、ヘクターとフロロが頷いた。暫しの沈黙ののち、アルフレートが口を開く。
「年寄りの酔狂に付き合わされたわけだ」
 ローザが目を白黒させる。再び顔が真っ赤になってくるが、すぐに放心したようになってしまった。
 カラクリ仕立てのモンスターがうろついているだけなら護衛とも考えられたが、馬鹿馬鹿しい罠に本気度ゼロの落とし穴。そもそもわたし達が帰ってくるタイミングでの屋敷の変貌。答えは一つしかない。バレットさんが遊んでいるのだ。
「……嫌なことだけど、依頼自体も怪しいわね。わたし達みたいなのを呼び寄せる口実だけなのかも」
「依頼まででっち上げだったら許さないわよ!いらないって言っても口に詰め込んでやる」
 ローザが肩を震わせる横で、イルヴァが手を挙げる。
「村の人が消えちゃったって話しは?ここに入り込んで罠にかかって、とかだったら危ないじゃないですかあ」
 イルヴァの言葉に他のメンバーは顔を見合わせた。
「……たまにまともなことを言うのが気に食わないわね」
「あ、リジアったら嫉妬しちゃって」
 そう言いながら頬を突いてくるイルヴァの指にイラッとするが、これは受け流すことにする。
「確かに住民が失踪してる話は片付いてないわね」
 ローザが呟いた。それに、
「噂レベルの話、だがな」
とアルフレート。
「どっちにしろ、よ。こうなったら最後まで付き合っちゃおうと思うのよ」
 わたしの言葉に皆がこちらを見る。何を言っているのか、という様子を見てわたしは言葉を続けた。
「悪の親玉を、正しき冒険者が倒してハッピーエンドを迎えるのよ」


「そこまでよ!」
 掛け声と共に扉を勢いよく開けるわたし達。屋敷の最深部と思われる大部屋を見つけたのは、先程の話し合いからすぐの事だった。広く何も無いホールのような造りはわたしの声をよく反響させる。
 部屋の中にはバレットさんと猫達が勢揃いしている。部屋の奥、中央に仁王立ちするバレットさんは目だけを覆う妙な仮面、猫たちはドクロのプリントがしてある黒の全身タイツ姿。悪の演出、ということだろうか。
 ちなみに此処に来るまで、何回もこの台詞と共に誰もいない部屋を開け続けていたりする。未だバレットさんの企みなど分からないままだが、とにかくノリで押し切ることに決めた。
「あなたの企みはお見通しよ!」
 善神の信者であるローザも張り切って叫ぶ。彼女も好きな展開ではある。一瞬、バレットさんは面食らった顔になる。
「あなたが捕らえている村人も返してもらうわよ!」
 ローザがきりりと決めると、バレットさんは「はて?」と呟く。本気で「何の話しでしょう?」という顔だ。
「と、とぼけないでよ!」
「ちょっと待って、ローザちゃん」
 わたしはローザを手で制した。
「あなたがこの村の行方不明事件に関わっているっていう噂があるのよ。あなたの家に入っていく姿が最後、その後の行方が分からない人がいるって」
 暫く頭に「?」を浮かべた様子のバレットさん。次の瞬間、ぽん、と手を叩くと、
「ああ〜、そういうや駆け落ちのカップルやら夜逃げ家族やら逃がしてやったことがあったなあ。村人と深い関わりが無くて小金がありそうなわしに相談してくる『訳あり』な人も多くてのー」
 ぽりぽり、と頭を掻く。わたしは皆の顔を見回した。
「家具が揃って無くなってたのも夜逃げ、って考えるとスムーズではあるな」
 アルフレートがぼやきつつ頬を撫でる。
「……嘘をついてるようには見えないけど、どうする?」
 わたしがローザを始め周りに尋ねると、「なら別に戦う理由無くない?」とローザ。「あーあ、盛り下がっちゃった」と溜息ついたのはフロロ。
「……だよね。バレットさん、これ、頼まれてたポゼウ……」
 わたしがそこまで言いかけた時だった。
「そ、それは困るぞ!わしは遊びたいんじゃ!」
 慌てたのはバレットさん。……この人、大したシナリオ考えずに見切り発車だったんだな?
「『遊びたい』ってはっきり言われちゃうとな」
 ソードを仕舞うかどうか迷う素振りでヘクターが呟く。わたしは深呼吸すると、手をあげ叫んだ。
「仕切り直しよ!」
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