三章 卵を惑わすラビリンス
またここで、集まりましょう2
 すぽーん!とワーウルフの腕が飛ぶ。獣の腕を切り飛ばしたヘクターの剣が、そのまま腹部の中心部を突き刺すとあっという間に動かなくなった。抜け殻になったようにごろりと床に転がる。
 こうやってみると生き物の動きとしては少し不自然かも。簡単に動くことを止める様子はスイッチのオンオフを見ているようだ。
「すごいすごい!」
 わたしは転がる三体の人形を避けながらヘクターに駆け寄る。ぱちん、とソードを仕舞うとヘクターはわたしを見て笑った。ああ、かっこいい。
 ふと後ろを見るとなぜかじゃんけんをしている妖精二人がいる。完全に何もする気無し、という事を表明しているようだ。「早く行くわよ」と声を掛けると優雅な歩みでついてくる。
「ローザとイルヴァは大丈夫かな。パニックになってなきゃいいけど」
 少し広くなってきた通路を歩きながらヘクターが呟いた。すると、
「欠落人間二人か。まあ正直、欠けても被害は少ないよな」
アルフレートがさらりと答え、ヘクターの頬がやや引きつる。が、気を取り直したように前を向いた。
「早く合流したいけど、これだけ広いと上手く鉢合わせるか分からないな」
 そうなのだ。このまま考え無しに歩き続けているだけでいいのだろうか……。そろそろお腹も空いてきたし、喉が渇いてしょうがない。洞窟のような場所に入るわけではなかったので、準備もしてこなかったのだ。
「何か印でも書きながら進んだ方が良いかな?」
 わたしがそう言って皆の顔を見るとフロロが顔をしかめ、耳を動かす。
「何か変な声しなかった?」
 変な、とはさっきから何度も聞いたあの不快音だろうか。わたしの顔に出ていたのか、フロロが首を振る。
「違う違う、『アレ』じゃなくて……」
 その時、
『きゃあああああああ!!』
どこからか耳をつんざくような野太い悲鳴が聞こえ、わたし達は凍り付いた。あの不快音に負けないくらいのおぞましさだが、こちらは聞き覚えがある。
「ローザよ!」
 わたしが叫ぶとフロロは頭上を指差す。
「上からだ」
 わたし達四人はフロロを先頭に走りだした。角を曲がるとすぐに上にいく階段が見える。そのまま駆け上がるわたし達。
 普段からちょこまかと素早いフロロは当然のように早い。しかしわたしも走るのはさほど苦手ではないと思うのだが、残り二人ともみるみるうちに距離がひらいていく。ちょっとは女の子のこと考えなさいよ!
 そんなわたしの心の声が聞こえたのか、ヘクターがスピードを緩めていく。
「大丈夫?」
「大丈夫!それより今のって……」
 わたしが言いかけた時、「おおおおおおお!?」という奇妙な叫びが再びする。階段をとうに上り終えて前から見えなくなっていたアルフレートの声だ。
 嫌な展開にわたしとヘクターは顔を見合わせる。息を切らしながらも長い階段を上り終えると、直ぐ先にポッカリと床に開いた穴があった。
 長方形の穴を屈んで覗き込む。すると見えた光景に息が止まってしまった。
 巨大な剣山のような、密集したとげとげが上に向かって突き伸びている。典型的な落とし穴トラップ、に見えた。その針の中にのびているアルフレート、さらにはローザとイルヴァの姿があった。
 が、よく見るとゴムのような柔らかい素材で出来ているのか、針は三人の体重でぐにゃりと頼りなくまがっている。なんだ、あせった……。
 ふと前を見ると、わたし達が覗き込む反対側でフロロがピースサインをしている。穴を飛び越えたらしい。さすがはモロロ族といったところか。
「ぽかんとしてないで助けろ」
 下からアルフレートが憎たらしい声を上げる。
「突っ走るあんたが悪いんでしょう!それが人に物を頼む態度なの?」
 こちらを睨む顔にわたしは思わずむっとして言い返した。
「まあまあ、リジア、ここで言い争っても無意味ですから、ちゃちゃっと引き上げて下さいよ」
「アンタが言わないでよ、イルヴァ……」
 わたしのこめかみに浮き上がる一筋が見えたのか、ヘクターが「まあまあ……」となだめてくる。
 しかし助けようにも、どうしよう。無論、ロープ何ていう道具も無ければ、はしごもない。ふと頭に『エンチャントロープ』という便利魔法が浮かんだりするが、あれは話にならない。魔法で出来た紐を精神コントロールで操る、というわたしの最も苦手とする類の魔法だ。
「ちょっと待ってて」
 悩むわたしに救いの声は反対側から聞こえた。見るとフロロが何やら懐をがさがさとまさぐり、ぽん、とロープの束を出すではないか。どうやってもあの小さな体に隠せるもんじゃない気がするんだけど。色々つっこみたいところであるが、とりあえず三人を救い出すことを優先してもらうことにする。
「ほい、つかまって」
 フロロが下へロープを垂らすと、すかさずローザが「ありがと!」と言いながら手を伸ばす。その光景を見てわたしは何か違和感を覚えた。えっと多分、それって……。
 ぽひっ
 真っ逆さまにローザの上に落ちるフロロ。
「あー、やっぱしそうなるよねー」
「ちょっと何納得してんのよ、リジア!!早くこのグダグダ何とかしてよ!」
 頷くわたしの耳をローザの悲鳴が襲ってきた。
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