三章 卵を惑わすラビリンス
またここで、集まりましょう1
「分からないか?」
 そう言うとアルフレートは歩き出す。ワーウルフ達がやって来た廊下の角へ向かって行く彼の後を、わたし達もついて行く。
「モンスターもどきについては生命の精霊が全く存在しないもんだから、すぐ気づいた。死体……といって良いか分からんが、調べたら限りなく生物に似せているが機械仕掛けのように見えたな」
 そう言いながらある地点で立ち止まると、一歩前の床をダンッ、と強めに踏み込む。すると廊下の右手の壁から何かが飛び出してきた。
「ひぃ!」
 アルフレートの頭に突き刺さった一本の矢を見て、わたしとヘクターの悲鳴が重なる。しかし何事も無かったようにアルフレートは振り向くと、面倒くさそうな顔で刺さった矢を引き抜いた。
「……な、なんだ、オモチャじゃないの」
 わたしはアルフレートが見せてきた矢の鏃部分を見てほっと息をつく。吸盤になっていてどこにでも張り付くようになっている玩具だ。
「至る所にある害を及ばさない罠、これは何の為だ?」
 もう一度アルフレートからの問い掛けがくる。
「怪我したら困るから?」
 そこまで口にしてからはっとする。何で怪我したら困るんだ?それは本気じゃないから。お遊びだから。そしてモンスターそっくりな人形達を思い出す。
「バレットさんの発明品……!」
 わたしは思わず掠れた声に出す。アルフレートは頷くと溜息をついた。
「だろうな。問題はなんでこんな面倒くさいことするのかってことだ」
「暇な老人の遊びに付き合わされたってことだろ」
 フロロはそう言うと大きな欠伸をする。なるほど、それで「命の心配はない」というわけか。
 何ともくだらない結末が垣間見えてしまい、わたしは脱力する。遊びでこの規模のダンジョンを造り上げるって、やっぱり相当な変わり者だわ。
「ねぇ、まさかこれ無駄になんないわよね」
 わたしはポゼウラスの入った革袋を持ち上げた。それをちらりと見てフロロが、
「いいじゃん、楽しかったんだし」
とあっけらかんとして言うが、わたしは眉を寄せる。
「わたしは嫌よ!あんなに苦労したんだから」
「苦労したか?順調極まりなかったと思うが……」
 アルフレートの言葉にわたしはちっちっと指を振った。
「沢山歩いたわ」
 それを聞き、はぁー、と息を吐くアルフレート。まるでゴミを見るような目つきは何だ。
「まあそうだよね。いきなり一日がかりの旅はきついもんだよ」
 ヘクターからの優しい言葉にアルフレートは舌打ちする。
「おい、あんまり甘やかすなよ?この細い足で頑張ってる私に比べれば、お前はただの甘えだ」
「……エルフって皆こんな感じなの?」
 ヘクターが小声で耳打ちしてきた。違う、と思いたいがわたしもエルフの知り合いなんて彼しかいない。小説なんかで読んだエルフはもっと高尚だが浮世離れした物腰で、嫌味っぽくはなかったんだが。
「騒ぐのは後にしろよ。作り物だろうがこっちに襲い掛かってくるモンスター共がうろうろしてるんだし、あと二人回収しなきゃ」
 フロロからの最もまともな意見にわたしもアルフレートも黙る。確かにはぐれてる二人は不安なままだろうし、急いで見つけてあげなきゃならない。
 とりあえず進みますか、という雰囲気で足を進めていると前方に左に入る入口が見えてきた。
 入り口の前までくるとぐるり、と室内を見回す。廊下と同じ無機質な壁に囲まれた小さな部屋にちょこん、と箱があった。一方が蝶番で固定されて開くタイプの、見るからに宝箱です、といっているような箱だ。
「ね、ねえ……」
 わたしが呟くとフロロが引き攣りながら答える。
「お、おう……あれは引っ掛かると思って設置してあるのかね?」
 宝箱のある真上の天井に、フロロと同じぐらいの大きさの岩が吊してあるのだ。あんなでかい岩を天井に吊す努力は買うが、普通に視界に入る位置にあっては意味がない。
 フロロが「それ!」という掛け声と共に小型ナイフを投げつけた。カンッ、と宝箱の留め具に当たると「ぽすっ」となんとも気の抜ける軽い音と共に岩が落ちてきた。
「かーーーあっ!本物の岩でもないんじゃない!」
 イライラの頂点に達したわたしは張りぼての岩を蹴り飛ばした。ごろり、と哀愁を漂わせて転がる岩は置いておき、フロロが小箱を開ける。
「……何だこれ?」
 中にあったのは小さな猫のぬいぐるみ。タンタ達を小さくしたような姿に、もしかしたら彼らが作ったものかもしれないな、と思う。
「さあ、次行こうぜ」
 はあ、と息つきながら部屋を出ようとしたフロロの足が止まる。また敵?と思ったが、わたしの耳にも唸りのような音が聞こえ始めた。
「……これだけは相変わらず不気味なのよね」
 鋼の軋むような音と獣の咆哮を混ぜたような響きに、わたしは無意識に身を震わせていた。
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