三章 卵を惑わすラビリンス
おデブ魔法2
 言葉の意味を問い詰めても「まあまあ」と言って答えようとしないアルフレートを諦め、再び四人に増えた人数で歩き出す。暫く色々と歩き回り、一本道だが何度も角を曲がったので方向が分からなくなってきた時、ぴたり、フロロの足が止まる。この反応はもしかして、と喉を鳴らす。
「いるね、たぶん『また』ワーウルフだ」
 また、とは?まるで会ったことのあるような言い方だ。二人で探索中に遭遇したのだろうか。でもワーウルフなんて凶悪なモンスターまでいるとは、何なのここは。
 フロロの言葉にアルフレートが感心したように頷く。
「良い探査機だなあ。じゃあ次は良い用心棒に頑張ってもらうか」
 そう言ってヘクターの肩を叩いた。
「失礼な言い方ね」
 そう言うわたしにアルフレートは視線を動かすと、またいやらしい笑みを見せる。
「そうだな、どうせお前は役立たずのままなんだろう。少しは練習させてやるか」
 嫌な予感に「え……」と固まるわたしをアルフレートが隊列の前へと押してくる。
「ちょちょちょ、ちょっと何よ」
「数秒後に鉢合わせだ。なに、ピンチの時はすぐに何とかしてくれる、彼が」
 アルフレートはにこにことヘクターの肩を叩く。ヘクターが何か言いたそうに口を開くが、アルフレートの有無を言わせない空気に押し黙る。
「え、え、え、本気?」
 焦りながらメンバーの顔を見るも「ほら!もう来るぞ!」とアルフレートに急かされる。
 廊下の角からふ、と現れた獣の顔に悲鳴を上げそうになった。続けてもう一体。二体ともそっくりなワーウルフのコンビだ。
 天井まで頭が届きそうな獣人は顔は狼そのものだ。毛むくじゃらの体といい人狼、というより、二本足で立つ獣というほうが近いかもしれない。
 こちらを見ると一気に目を見開き、ぶわ!と獣の声を発する。その場にへたり込みそうになってしまった。腕力の高さを窺わせる発達した上半身といい、一撃もらっただけでわたしなど吹っ飛んでしまうに違いない。
 パニックになりそうなわたしにフロロが大声で叫ぶ。
「火はダメだぞ!火系はやばいからな!」
 その言葉を聞いて逆に「あ、そうか」と思う。急いで呪文を唱えていった。その間にもワーウルフ二体は軽快に歩み寄ってきている。
 わたしをちらりと見てヘクターが腰の剣を素早く抜いた。わたしも大急ぎで唱えていた呪文を完成させる。指を突き出すと仕上げの言葉を叫んだ。
「エネルギーボルト!」
 魔術師の術としては初歩の初歩。純エネルギーの塊を敵にぶつける術だ。咄嗟に浮かんだのがこれだった。一番制御に自信のある呪文でもある。現れた青い球体の光がみるみる大きくなっていく。
「で、でででけー!」
 自分と同じぐらいありそうなエネルギー弾を見てフロロが後ろに跳び引く。指先から離れた魔力の塊はぶわりぶわりと不審な動きをしながらワーウルフの方へと飛んでいった。が、ひょい、とあっさり避けられる。
「ああ!そんな!」
 悲鳴を上げるわたしの横でアルフレートはわざとらしく大きく息を吐く。
「何でお前の呪文は全部『デブ』なんだ?魔法使いじゃなくデブ使いだ」
「デブデブ言わないで、アルフレート!」
 涙目になるわたしの横で空気が動く。騒いでいる間に向かってきていたワーウルフ達がこちらに腕を振り上げている。その次々に伸びた二つの拳をヘクターがロングソードで弾いていった。
「さ、こっからは彼のお仕事だ」
 アルフレートに襟元を掴まれ、後ろに引っ張られる。
 軽快に動き、ソードを振るうヘクターに比べてワーウルフ達の動きは単調で、闇雲な攻撃に見えた。その光景を前に、
「やるなぁ、応援歌でも歌ってやるか」
「止めて」
 アルフレートののん気な声にわたしは即答する。アルフレートは渋々といった様子で出しかけていたハープを仕舞った。
 引っ掻くように振るった腕を弾かれ、ワーウルフの一体が後ろによろける。そこへ素早くヘクターのロングソードが喉元へと突き刺さった。その一体はびくん!となるとそのまま倒れ、動かなくなる。その勢いで剣を引き抜くと、もう一体の腹あたりを切り付ける。
「ヴヴヴッ!」
 唸り声を上げながらワーウルフはその一手をなんとか避ける。が、ヘクターの次なる動作の方が早かった。首元から下に下ろされた剣によって血が飛ぶ。廊下の壁に赤い染みが広がった。ずるり、と膝から落ちるとこちらも動かなくなる。
 パチパチパチ、と思わず拍手するわたし達。ヘクターはやや照れ笑いだ。
「……アルフレートはなんで何もしないのよ」
 丸きり自分のことは棚に上げたわたしの嫌味に、
「私が本気を出したらおまえ達の出番などないぞ?つまらないじゃないか」
そう澄まして答える。どこまで本気かわからない。
「さて、こいつらを見て思うことはなかったか?」
 急に教官のような喋り口調になるアルフレートにわたしは目をぱちぱちとさせる。不審な点、という事だろうが実物を見たのが初めてのわたしにはわかりっこない。強いて言えば「何でこんなところに?」ということだろうか。
「……じゃあ、その転がってるものをよく見てみろ」
 苛立たしげなアルフレートにわたしは「えっ」と固まった。実はさっきの血飛沫もあまり見ないようにしていたりと、死体の観察はおろか近づきたくもないんだけど。
 顔を歪めるわたしの肩をヘクターが叩く。そしてアルフレートに向き直った。
「人形なんだ、そうだろう?」
「なんだ、気付いてたのか」
 アルフレートはひょい、と肩をすくめて答える。ヘクターは頷いた。
「さっきの魚みたいなのもそうだった。切った感触が明らかに違うんだ」
「ええー!」
 わたしはそう驚くと転がる二体のワーウルフを見る。飛び散った血飛沫といい、その血で固まった毛の質感といい、生き物としか思えなかったけど人形とは。動きだってあんなに滑らかでリアルだったのに。
 暫く躊躇するが、意を決して獣に近づく。首元から今も赤いものを流している方の傷口を嫌々ながら凝視した。
「金属?」
 思わずわたしは声を洩らす。皮一枚獣らしさを持っているだけで、中身は何かの金属で出来ているようだ。毛皮の中から光を反射する素材が覗いている。次に辺りに広がる血を観察する。臭いが無い、そう気がついたわたしは指先につけて光に当てた。
「本当だ……」
 冷静に観察すればお粗末な作り物だ。本物よりもやけに色鮮やかなのは薄暗い中でも赤が目立つように、に違いない。たぶん全身に管を通し、斬ると派手に血を吹き出すんだろう。
「何で、何でこんな事を?」
そう正直な感想を口にすると、わたしは後ろにいる仲間の方へと向き直った。
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