三章 卵を惑わすラビリンス
おデブ魔法1
「見えてない?」
 ヘクターの呟きにわたしは立ち塞がるガラスを指で叩く。
「でもこんなにクリアなガラスなのに……」
 そこまで言いかけた口が止まった。フロロが一瞬、こちらを見たのだ。そうか、二人共耳は良いのだから振動なら伝わるのかもしれない。
「おーい!妖精ども!こっちだこっち!」
 わたしはガラスを両手でバンバンと叩いた。何度か繰り返すと、二人はこちらに目を向け指差しながら何か話している。が、やはりこちらの姿は見えていないらしく「なんだ?」といった顔だ。目の前にいるというのに目が合うことがない状況に、どういうこと?と眉間に皺が寄る。
「切ってみるか」
 ヘクターが腰の剣に手を延ばした。その時、わたしはアルフレートのある動きに気が付く。何やら口を動かし、手も術の印を結んでいるように見える。流れるように次々と形を変える手を見て、ぞくりと背中が震えた。
「下がって!!」
 わたしはヘクターを突き飛ばす。そのまま倒れこむと耳を塞いだ。
 体を激しく揺さぶるような爆音と共に熱気が肌の表面をチリチリと焼く。
「うっ……くっ」
 堪らず声を洩らすと、後ろからのん気な声が聞こえてきた。
「おや、リジアってば大ー胆ー」
 少し懐かしいアルフレートの声に目を開けると、ヘクターを押し倒す形になっているのに気付く。思わず赤面するが、怒りも沸き上がってきた。
「なーにのん気なこと言ってんのよ!殺す気かっ!」
 振り向くと濛々と上がる煙の中、アルフレートとフロロが顔を出している。今の衝撃で開いたであろう穴の周辺は真っ黒に煤けていて、呪文の破壊力がよく分かる。
 目を吊り上げているわたしを見てなのかアルフレートが深い溜息をついた。
「邪魔されて気が立ってるのはわかるが、ああも騒げば……」
「違うわよ!」
 わたしは慌てて立ち上がると、ガラスを指差した。
「あれだけ叩いたんだから普通、こっちに誰かがいるもんだと分かるでしょうが!……ってアンタ達、こっちが見えなかったの?」
 わたしの言葉に顔を見合わせるアルフレートとフロロ。二人はこちら側に入ってくるとガラスに向かい、感嘆の声を上げた。
「おお!これはすごい」
「鏡じゃないねー」
 しきりにガラスを触ったり叩いたりする二人を見て、ヘクターは向こう側へ行くとこちらを見る。
「おー、何だこれ?」
 そう言ってわたしを手招きした。アルフレートに殺されかけた事が流されてしまったのは不満なものの、わたしも気になる。ガラスに開いた大男でも優々と通れそうな大穴を通り、ヘクターの隣に並ぶ。そして目の前のガラスを見てわたしは目を丸くした。
「鏡……?」
「だね。あっちからは透明なガラスだけど、こっち側からは鏡になってるんだ」
 ヘクターの言うことは綺麗に整頓された事実だったが、わたしは首をかしげる。
「何の為に?」
「さぁ……アルフレート、何だと思う?」
 再び鏡側へと来たアルフレートにヘクターが話を振る。アルフレートはしばらく首を捻っていたが、ぽつりと呟く。
「正直、いやらしい使い道しか思い浮かばないんだが……」
 ぼ、煩悩だらけのエルフだなコイツ……。
「ところでなんで二人なんだ?」
 アルフレートに指差され、わたしとヘクターは顔を見合わせると経緯を話し始めた。
 アルフレートとフロロとはぐれてしまった後、行き止まりにあった見るからに怪しーい仕掛けにイルヴァが手を出し、わたしとヘクターだけ落とし穴に落ちたこと。プールのような水たまりに落とされて今も服が湿っていること。気持ち悪い魚人のようなモンスターに襲われたこと。
「仕掛けかあ、気になるな」
 妙に乗り気なフロロと、
「それよりプールって何だ?何の目的なんだ?」
と答えようのない質問をするアルフレート。それに黙って首を振るとわたしは二人に尋ねる。
「二人が消えた時はいきなりわたし達四人が消えたみたいだったでしょう?」
「まあね……でもどうにもなんないから諦めた」
「あっさりしてんのね……」
 フロロから回答にわたしは肩を落とした。
「まあ、闇雲に進んだって命の心配は無いだろうからな」
 ぽつり、と漏らすアルフレートにわたしは「何それ」と食いつく。エルフは何とも悪そうな顔でにやりと笑うと、先の暗い道を指差した。
「進んでみようじゃないか」
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