三章 卵を惑わすラビリンス
リーダーさん、フォローする2
 耳がおかしくなりそう。彼方へ飛んでいったファイアーボールが起こす爆発音に、唱えたわたしがくらくらする。かなり遠くでの爆発だったと思うのだが熱気が襲ってきた。お腹に響く振動にしゃがみ込み、耳を塞いでいると、
「……!」
 魚人達が何かを叫び、水中へと飛び込んでいった。これは堪らない、という判断だろうか。
 ヘクターがわたしの腕を掴んで走り出す。
「出口が見えた!」
 その叫びの通り、暫く走り続けるとぽっかりと開く通路の入り口が見えた。今も横に広がるプールに再び黒い影が蠢き始め、走る速度を上げる。
 通路に滑り込むのと同時に背後からざばっ!と水面の弾ける音がする。続いてべたり、と濡れた足が着地する音。
 先に見える階段をヘクターが指差した。急いで駆け上がると、水面から上がったと思われる魚人がついてくる気配はない。あの見た目からして水辺からは離れたくないのかもしれない。わたしは荒くなった息を整えると、改めて深い息を吐いた。
「……ごめんなさい」
 身を起こすなりわたしが言った言葉にヘクターの目が丸くなる。言い訳にはならないようにわたしは続けた。
「さっきの魔法、部屋があれだけ広くなかったら危なかったと思って」
 ヘクターは一度にこっと笑うと、わたしの手を取り歩き始める。
「リジアはさ、何かしなきゃいけない、って思い過ぎてるよね」
 そうかもしれない。さっきもあの場をどうにかしなくては、というより自分も何かしなくては、と思って夢中になってしまっていた。
「『何もするな』なんて言わないけど、『何もしなくていいや』って思われるように俺も頑張るし、戦闘は一先ず俺に任せて。二人で一緒にリジアにしか出来ないようなことを探していこうか」
「は、初めての共同作業って奴ね!」
 いきなりテンションの上がるわたしを不思議そうな顔で見ていたが、ヘクターは「そうだね」と頷く。ちょっと意味が通じなかったようだ。
 会話が途切れ、前に続く暗い廊下を眺めるだけになる。どさくさに紛れちゃってまた手を繋いでるけど、急に恥ずかしくなってきた。このまま他のメンバーと合流出来たら、嬉しいけどこの状態を見られてしまう。でも離すのはもったいない。
 うーん、と考えていると急に目の前が明るくなった。ぐっと後ろに手を引かれる。
「……火!火事!」
 廊下のいっぱいいっぱいに広がる炎に叫ぶ。突然燃え広がったということは、また何かの罠を作動させてしまったのだろうか。一本道だったのにどうしよう。
 しかし濡れた衣服の冷たい感触が、目の前の光景に対して違和感を覚えさせた。少し考えてからわたしは炎の中に腕を突っ込む。ヘクターが「わ!」と驚いている。
「……幻影だわ」
 今も突っ込んだ腕に赤い炎が纏わりついているというのに熱さは微塵も感じない。イリュージョン、という古代語魔法が頭に浮かんだ。視覚と聴覚だけに働く幻影魔法だ。微かに空気を揺らすような爆ぜる音といい、本物の炎にしか見えないがこの魔法では熱を作り出すことは出来ない。
 わたしが炎の中に飛び込んでみせるとヘクターは眉を下げて頭をかく。
「なんか変な感じ……」
 彼の目には火に囲まれて平気な顔をしているわたしが写っているのだろう。わたしが手招きするとすぐに向かってくるものの、体を包む炎を不思議そうに見ていた。
 幻影の炎が上がる一帯を抜けるとまた暗い廊下に戻る。
「すごいよ、リジア。よく分かったね」
 ヘクターに褒められて照れくさいが嬉しくなる。確かに「イリュージョン」の魔法を知らなかったら、もうちょっと時間が掛かった問題かもしれない。
「でも本物の火だったら服乾かせたね」
 にこにこと言う彼に半分首を捻りながら頷いた。「それじゃあ突っ切って来れないよね」と突っ込んだ方が良いのだろうか。
 迷っているうちに言い出すのも妙なタイミングになる。まあいいや、と思いながら現れた廊下の角を曲がる。
「何だ、これ」
 ヘクターが言うのは曲がった先に広がる不思議な造りの通路の事だろう。わたし達から見て右側はこれまでと同じ灰色の壁だが、左側はガラスで覆われている。ガラスの向こうにも同じような廊下が伸びており、左右対称になっているようでこちらと同じ位置に廊下の角が見える。
 わたし達が曲がってきた角と対照になる位置から現れた二人組みに息を呑む。
「アルフレート!フロロ!」
 ガラスの向こうの廊下を何食わぬ顔で歩く彼らは、わたし達など見えないかのようにそのまま素通りしていった。
「ちょ、ちょっと!何、無視してんの!」
 そう叫びつつ彼らの真横のガラスにへばりつくが、こちらをちらりとも見ない。演技とも思えない二人の態度に『実は自分達は既に幽霊でした』なんて考えが浮かんでしまった。
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