三章 卵を惑わすラビリンス
落ちた先は1
 四人に減ってしまっただけで随分と寂しい気分になる。一番うるさい二人が抜けてしまったからかもしれない。ふと湧いた不安を口に出さないようにしていたのだが、
「……このまま徐々に人数減っていくとか嫌よ!?」
 ローザにそのままを言われてしまい、わたしは顔を歪めた。
 引っ付くわたしとローザを挟むようにイルヴァとヘクターが歩く。暗がりの道をのろのろと進んでいくと、小部屋のようなところへ出た。扉も無く、今までの道より少しばかり開けた程度である。
「行き止まりみたいね」
 ローザが周りを見回し言った。無論窓も無く、明かりはわたしの「ライト」のみ。意図の分からない不気味な部屋の奥に、何やらわたしの身長ほどの石像が見える。
 ちょっと大きなお屋敷の門などで見られるようなガーゴイルの石像。本の中ではよく近づくと石化が解けて翼の生えた怪物が暴れ出したりするが、目の前のそれは特に魔力も感じない。しかし口に加えた水晶玉が『いかにも』である。
 行き止まりにある仕掛け、なんて気になるところだけどシーフであるフロロがいない今、余計なことはしないにかぎる。
「さっきのところまで戻りましょ、分かれ道があったんだし」
 わたしがそう言って踵を返した時だった。
「これって何でしょうねー」
 後ろから聞こえるイルヴァの台詞に、嫌な予感がして振り返る。
「ちょっとまっ……!」
 躊躇無く水晶玉に手を伸ばすイルヴァを止めようと踏み出すが、時既に遅し。ガコン!という音と共に足元が消える。水晶玉を手に持ち首を傾げるイルヴァを見たのが最後、わたしの体は浮遊感に襲われた。
「イイイイイルヴァのばかーーーーー!!!」
 声に出ていたかは分からないが、わたしは絶叫しつつ奈落の底へと沈んで行った。


 激しく体を打ち付ける。痛みを感じるよりも早く、何かに飲み込まれたような感覚に目を見開いた。何も見えない。そして目を襲う不快感。体中に纏わりつく温いものには覚えがある。水だ!と気付くが思い切り飲み込んでしまった。
 一気に苦しくなり暴れるが、ごぼごぼという自分の息が泡になる音しか聞こえない。真っ暗で何も見えない。死んでしまう!
 その時、ぐっと誰かに腕を掴まれそのまま浮き上がる感覚がした。そのままの勢いで水面へと顔を出す。
「けほっけほっ!」
 引き上げてくれた人物に抱えられながら何とか呼吸する。鼻の中が痛くてしょうがない。
「大丈夫?」
 声に顔を上げると目と鼻の先、ヘクターが心配そうにこちらを見ていた。
「きゃーーー!」
 思わぬ密着度に悲鳴を上げるわたし。近い!近いよ!とパニックになり、思わずヘクターを突き飛ばす。すると再び体が沈んでいき、手足をばたつかせる。そんなわたしをもう一度引き上げると、
「ごめん、ちょっと待って」
ヘクターはそう言って泳ぎ出した。
「首のあたり、つかまってて」
 その言葉に照れてる場合じゃない!と思いなおす。わたしはヘクターに必死でつかまった。幸い陸地が近かったようで体が縁に触れたと同時に、すぐに転がり出る。
 ヘクターもしんどかったらしく、肩で息をしている。装備プラス私の重り付きだったのだ。泳げるだけですごいことだと思う。そしてわたしといえば助けられたくせに悲鳴上げて突き飛ばすって何やってんだろう。
「……まいったね」
 息が整うと、ヘクターは口を開いた。真っ暗では無かったらしく、薄い光がほのかに彼を照らしている。しかし部屋の様子も分からないぐらいには暗い。わたしは「ライト」の呪文を唱えた。
 ぱっと周囲が照らされる。落ちる前と同じ灰色の壁が現れ、思わず溜息が出る。
「わたし達だけ?」
「みたいだね。位置的に部屋の中心が落とし穴だったんだと思う。あの二人は像の脇に立ってたから」
 落とし穴を開いてくれた張本人は無事なわけだ。イルヴァにあらためて怒りを覚えつつ、この状況にもちょっぴり感謝する。
「どのくらい落ちたんだろう……?」
 上を見上げながらわたしは尋ねる。暗くてよく窺えない天井を見ながらヘクターが答えた。
「大した事はないと思う。せいぜい地下二、三階程度かな?」
 それでもよく気絶しなかったものだ。もし落ちたのが自分一人だった場合を考え身震いしてしまう。それを見て、ヘクターが心配そうに呟いた。
「寒い?とりあえず服乾かした方がいいな……」
 その言葉にわたしも、言ったヘクターも顔が赤くなる。
「いや、変な意味はないんだ……」
「うん!分かってるよ!大丈夫!」
 わたしは慌てるあまり、声が大きくなる。しかし乾かすといっても、火はわたしが何とか出来るとしても、薪のようなものがない。
 あらためて辺りを見回すが、無機質な壁と今這い上がってきた水面しか見えない。かなり広いようで、今いる位置の一辺にしか明かりは届いていない。プールのようなものが広がっているのだが、位置関係もはっきりしない。
 とりあえずローブ、ブーツを脱いで絞っていく。結い上げていた髪も解くとこちらも絞る。ぼたぼたと落ちる水滴に「臭くならないといいな」とぼやいてしまった。
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