三章 卵を惑わすラビリンス
消えた仲間2
「これって何で出来てるんだろうね」
 わたしは左右に伸びる不思議な色合いの壁を手でなぞりながら歩く。青みの入った暗い灰色。表面は細かいヤスリでもかけたかのように滑らかだ。
「さあ……」
とローザも壁に手を伸ばした時だった。ゴン!!という衝突音にびくりとする。前を見るとイルヴァが額を押さえてしゃがみこんでいた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?前見なさいよ、ちゃんとー」
 ローザが言うとイルヴァは珍しく涙目のまま前を見据える。そして「あれ?」と言いながら、今額をぶつけた壁を両手で確認する。
「どうした?」
 ヘクターが聞くが、イルヴァは混乱したように頭を振った。
「えっとお、フロロとアルフレートがいないです」
 イルヴァの言葉に顔を合わせると、はっとするわたし達。辺りを窺うが二人の姿が見えない。フロロはともかくアルフレートは隠そうと思っても隠せないような派手さがあるというのに。
「ど、どこ行ったの?」
 わたしが聞いてもイルヴァは首を振るだけだ。
「いないですねえ」
「いないのは見れば分かるわよ!どこ行ったのか聞いてるの!」
「落ち着いてローザちゃん……ぶつかったぐらいだから前見てなかったんでしょ?だってここ曲がり角よ?」
 そう言ってわたしは右の方向を指差す。そう、ここは右に曲がるしかない長い廊下の角になっていた。
「違いますよお、だって今まで前にいて、真っ直ぐ進んでいったんですよ?あの二人」
「真っ直ぐって言っても、壁の中すり抜けて行ったとでも言うの?」
 ローザの言葉にイルヴァはまた首を振った。
「うーん……壁も無かったんです」
「はあ?やっぱり曲がっていったんじゃないの?」
 ヘクターが言い合う二人に割って入る。
「落ち着いて、イルヴァ。ようするに二人の後を続いていた君が、同じように真っ直ぐ行こうとしたら壁が現れたってこと?ここはトの字の廊下になってた?」
 ヘクターがゆっくり言うとイルヴァはしばし考え、頷いた。
「それしか考えられないですよぉ、いくら暗くても目の前の人が右に曲がったらわかります。第一あの二人消えてるじゃないですかぁ」
「……二人が進んだ時点で壁で遮断されたわけね」
 わたしが言うとイルヴァはわたしの顔を指差す。
「それです、それ」
「でも……そういう音した?壁が急に現れたら結構な音がすると思うけど……」
 ローザの疑問を聞いて、わたしは前に出て問題の壁に手を当てる。
「……僅かだけど魔力は感じるわ。多分そういうトラップなんでしょうけど……フロロが気づかなかったのが痛いわね」
「多分、さっきまでの音に気を取られてたんだな」
 ヘクターが言うと、ローザは思い出したかのように体を震わせた。
 こんな時になんだが、一番乙女な反応をするローザに段々腹が立ってくる。これは嫉妬だろうか?
 ここで闇雲に進む前に、と四人で話し合うことにする。わたしは深呼吸すると、皆に問いかけた。
「聞いてもらっていい?いくつか可能性を言うからおかしい点を指摘して。
1、入り口の血痕はバレットさんの物。彼には何らかの敵がいて、襲撃を受けた。それで敵を翻弄するために、予め施してあった屋敷の仕掛けを作動させて、……この屋敷の変貌のことね?……奥に逃げた。
2、この屋敷の変貌も敵のやったこと。バレットさんは奥に捕らえられていて、敵はわたしたちの目を翻弄するために屋敷を改造した。
3、入り口の血痕はバレットさん以外のもの。バレットさんは噂通りのマッドサイエンティストで、血痕を残した人物をこの奥に連れて行った。屋敷の改造は侵入を拒む為。
……こんぐらいかしら」
「2は無いわね。あたしたちがいなくなってすぐに起きたとしても、こんな大掛かりに建て替えられるとは思えないわ」
 ローザの言葉にわたしは頷く。
「理由も無いしね。この家から連れ去ればいいだけの話しだし」
 わたしは自らの考えを否定することになった。
「……3も無いんじゃないかな。俺たちに依頼してる時にわざわざ騒ぎを起こす理由がわからない」
 ヘクターの意見にローザが反論する。
「わたしたち自身が目的だったら?若い人間の身体が材料として欲しくて、この奥でおいでおいでしてるんだったら……?」
 こ、怖い事ばっかり言うなあ。確かに彼が『若い若い』を連呼してたのは覚えてるけど。
「それこそ来た日の夕食かなんかに薬でも仕込んどきゃ良いだけの話しじゃない」
 暫く考えた後、結局のところフロロとアルフレートとはぐれた以上、二人と遭遇できるまでは帰れないという結論になった。先に進めばそのうち二人とも再会できるかもしれないし、とにかくこのままにするわけにもいかない。
 右に曲がってから歩いた歩数を一応数えてはいるものの、距離感は掴めそうにない。マッパーの勉強もするべきだろうか……。
「あ、今度は二股に別れちゃってますよ」
 イルヴァの言葉に前を見ると、T字路が現れた。
「……また右に行ってみよっか」
 わたしの言葉に三人とも頷く。答えも無ければヒントもないのだ。迷う前に誰かが提案した方が良い。しかしこの無機質な灰色の壁に覆われた中をひたすら歩くのは、中々精神的に辛いもんがある。いつもは喧嘩してばかりだが、こういう時にはいて欲しくなるのがいなくなった妖精二人だった。
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