三章 卵を惑わすラビリンス
消えた仲間1
 バレット邸の前に戻ってきたわたし達は全員、ある一点に目がくぎ付けになる。
「鍵が無くなってます」
 イルヴァの言う通り、外門にくくり付けられていた頑丈な錠前は無くなっていた。
「……帰ってきてるってことよ」
 ローザが自分に言い聞かすように呟いた後、チャイムを押す。しかしまたしても応答はない。フロロが「どうする?」と言うも皆黙ってしまった。
 鍵が消えているのだから誰かいるはずなのだ。でも応答は無い。それに出掛けるのにあんな錠前を一々付けるなんて不自然だ、という考えが巡ってしまっていた。霧のような状態だった不信感が一気に象られていくような感覚。
 ヘクターが門に手を伸ばす。さして力を入れた様子にも見えなかったが、門は鈍い音を立てながら開いていった。
「すいませーん」
 わたし達が見守る中、ヘクターは屋敷に向かって声を投げる。そしてゆっくりと玄関扉に近寄っていった。ドアノブに手を掛けると少し躊躇するように動きを止めるが、そのままノブを回す。
「あ……開くみたいだ」
 少しずつ扉を開け、顔だけを中に入れ様子を見る。が、彼はそこで固まってしまった。ローザがわたしの腕を取り握ってくる。
「……なんだよ、これ」
 呟くヘクターの言葉に、アルフレートが前に出た。ばっ!と扉を大きく開ける。
 開かれたドアの先、中の様子にわたし達は息を飲んだ。わたし達が見たもの、それは昨日までとは似ても似つかない屋敷の中だった。
 扉を開けると広い玄関ホールがあったはず。左右に廊下が伸び、仕立ての良いカーテンが揺れていたはず。重厚な棚には花が飾ってあったはず。
 全てがなくなり、不気味な一本道の廊下が縦に伸びるのみに変わっていたのだ。無機質な灰色の壁はどこまでも続くかと思われるほど長く伸び、奥の方は真っ暗だ。
「ライト」
 アルフレートが呼び寄せた光によって、ある程度奥まで照らされる。その瞬間、わたしは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。悲鳴を上げそうになる前に、横にいたローザが息を飲む音が聞こえる。
「だ、大丈夫!?」
 わたしにもたれかかって来たローザに声をかけ、逆に自分自身は落ち着きを取り戻す。再び視線を前に戻すと、奥の様子を再度確認した。
「……今度ははっきりと血、よね?」
 「ライト」の呪文によって照らされた範囲の壁に赤黒いシミが見えるのだ。まるで痛手を追った人間が壁に倒れかかりながらも奥へ進んで行ったように見える。
 ローザに肩を貸しながら、わたしの頭にある事が思い出された。……そういえばエルフって夜目が効くのよね。このエルフ、わざと見せつけやがったな。
「……奥に進もう」
 ヘクターが口を開く。その言葉にフロロは黙って先頭に行く。敵がいるかもしれない、という合図だ。
「ごめん、もう大丈夫」
 ローザが青い顔はしているものの、立ち上がった。
 自然とゴブリンの洞窟に入った時と同じポジションで屋敷内に入るわたし達。すなわち先頭にフロロ、続いてアルフレートとイルヴァが続き、ローザにわたし、最後にヘクター。こんな状況でも後ろにヘクターがいると思うと心なしか安心する。
 恐る恐る汚れた壁を見ると、乱雑に筆を擦り付けたような赤い模様の中、はっきりとした手形も見えた。
 しばらく進むと壁も綺麗になる。が、倒れた人影が見えないところを見ると、どこかに運ばれた後なのだろうか。
「誰の血なのかしらね……」
 ローザの小声の質問にわたしは眉を寄せた。
「普通に考えたらバレットさんか……。あんまり想像したくないわね」
 わたしは猫達の愛くるしい姿を思い出し、身震いする。
「そうじゃなくて……違う人間だったら?」
 わたしはローザの言う意味がわからなくて首を傾げた。
「やっぱり村の人の言うような人間だったら?バレットさんが」
 ぞくっ!ローザの言葉にわたしは背筋が寒くなる。
「……変な事言わないでよ」
「怖いこと考えちゃったのよ。怒らないでよ?」
 こんな青い顔で言われても怒る気になれない。ローザに続きを促すとこくり、一度頷いた。
「あの見たこと無い種族の猫達、元々は消えた村人だったりして」
「……科学者の研究の成果で生まれたってことか?」
 アルフレートの受け答えは少々あざ笑うかのようだった。わたしが「怖いこと言わないでよ」とローザのわき腹を突くと、
「だから『怖いこと』って言ったわよ!」
と怒られてしまった。
 突然フロロが立ち止まる。話す余裕の出てきていた気持ちがまた一気に冷える。
「……何だこれは?」
 アルフレートも耳に手を当てて先を睨んでいる。何も聞こえないけど、と返そうとした時、わたしの耳にも低い唸りが聞こえ始めた。
 ぎりぎりと不快な金属音に混じって獣のような声もする。うーうーと連続する響き。初めて聞く音だが不安しか呼び起こされない。
「敵?何?もうやだ……」
 ローザの目にはすでに涙が浮かんでいた。
「多分、遠い所から反響してる音だな。だから直ぐにご対面とはいかないだろうけど、それよりこの建物の広さだろ……」
 眉間を寄せるフロロの言葉に頷く。直進しかしてきていないけど、どこまで続くのだろう。
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