二章 猫はもてなしがお好き
消えた村人2
「何それ、血?」
 フロロが言うのはシンクの前にある茶色のシミ。大分古いのか色も擦れているし、液体のものを何か零したのだという程度にしか分からない。が、ぶわりと鳥肌が立ってしまった。アルフレートも唸る。
「精霊がざわついている。……事件、事故現場っていうのはこんな風に何年経っても精霊の落ち着きが無いんだ」
 わたしとローザが手を取り合って飛び上がる。それを見て目の前のエルフはにやー、と笑った。……絶対楽しんでる。
「だ、台所ってものは汚れるものよ。血の跡だったとしても鳥か何かでしょ!」
 わたしは声を上ずらせながらも胸を張った。


 次にやって来たのは若いカップルが住んでいた、という家。先程の家族が住んでいた家よりも小さく、隣りの家同士もくっついていた。住んでいた期間は短く、一年くらいだという。
 まず目を奪われてしまったのは扉についた大きな傷跡。細長い傷の周辺の木が酷くささくれ立っている。
「刃物の傷だな。ソードとかより小さい……包丁みたいなもの無理やり差し込んだらこんな感じじゃない?」
 フロロが扉を撫でる。ローザが「見に来なきゃ良かった」と呟くのには、わたしも同意だ。どちらの家も何故、雰囲気が普通じゃないのだろう。
「こっちは鍵掛かってるか」
 ドアノブを回してフロロが残念そうな声を上げる。そして郵便受けの蓋を押し上げると中を見て、首を振った。
「中入るまでもないかもな、こっちも。一部屋しかないし、がらんどうだ」
 そう言って振り向くフロロを見ている時、
「あら、どうしたの?」
左手から掛かった声に全員がびくん、となる。見ると垣根から顔を出すおばさんの顔があった。隣りの住民らしい。受け取ったばかりと思われる郵便物を手に持っていた。
「あ、えっと……ここの住民の方がいなくなった、なんて聞いて」
 わたしがしどろもどろ答えると、おばさんは周りをきょろきょろと見る。そしてこちらに身を乗り出してきた。
「……そうなのよ!ローラス警備団の捜査もいい加減でね〜!単なる引越し、だなんてそんなわけないじゃないのねえ」
 不謹慎だ、と怒られるのかと思いきや、おばさんのツボを突く話しだったようで、聞いてもいないのにべらべらと喋り出す。
「住んでた二人もちょっと変わってて、挨拶もしないしどこかこそこそしてるし、消える直前に騒ぎ起こすし、絶対に事件に巻き込まれたのよ」
「騒ぎ?」
 アルフレートが聞き返すとおばさんは何度も頷く。
「夜中にね、突然男の人の大声が聞こえ始めて『殺す!』とかそんな声よ!?主人にも止められたから見に来れなかったんだけど、朝起きたらその傷があったのよ!」
「声ってその住んでた男性の方じゃなくて?」
 わたしの問いには首を振った。
「住んでたのはまだ二十台前半の若い子でしょう?もっと年寄りの声ね」
 わたしは思わず「うぇ」と呟いてしまった。アルフレートがそれを手で制するともう一度質問する。
「『直前』って言ったな。ということはその騒ぎの後もカップルは生きていたと」
「まあ、ね。……でも次の日じゃなかったかしら。あの研究家、とかいう大きな屋敷に住む方?その家に入るのを最後にいなくなっちゃったのよ。それを見たのも飲み屋の常連の人でね、その日も飲んだ帰りだったから警備団もあんまり信用しなかったみたいなの」
 どう反応すればいいのやら、というわたしにおばさんは慌てたように付け足した。
「でもその研究家の方が犯人っていうのも乱暴な話しだしね。だって親しい様子もなかったもの。まあ村の人、誰とも親しくないんだけど」
 そう言い終わると「洗濯終わらせなきゃ」とわざとらしく呟き、家の中に入っていってしまった。
 取り残されてぼーっとするわたし達。するとイルヴァが欠伸しながらヘクターに尋ねる。
「で、どうしますー?」
「ええ?俺?」
 ヘクターは明らかに『だからリーダーなんて』といった顔をした。
「とりあえずバレットさんの屋敷に戻ってみよう。そろそろ誰か戻ってきてるかもしれないし」
「確かに他人から聞いた話だけで疑っててもしょうがないわね」
 ローザ、そしてわたしも頷く。
「また行ってみて、反応なければ中覗いてみればいいんじゃない?」
「リジア、大胆」
 フロロが呟く。わたしはにやつく彼のおでこを軽く突いた。
「しょうがないじゃない。わたし達が帰ってくるの知ってていない方がおかしいんだし。ちょっと気になることあるのよ」
 わたしの言葉にヘクターが反応する。
「何?」
「うーん、バレットさんだけならまだ寝てるのかも、とか考えるけど、あの家の猫たち全員が出てこないのが、ね」
 何しろ昨日の朝早くにもわたし達より早く起きていた働き者だ。買い物もあれだけの人数全員が出かけるとも思えない。そう考えながらわたしは白猫のタンタを思い出していた。
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