二章 猫はもてなしがお好き
消えた村人1
「……何か変じゃないか?」
固まっているわたし達にアルフレートが問い掛ける。珍しく真顔を見せ、目は射るように冷たい。その様子にまた背中がぞくりとする。
「精霊の様子が……変わっている。どうも変だ」
人間であるわたしには具現化していない精霊の姿は見れない。が、エルフである彼には精霊の姿が常時見えるのだ。様々な物質には必ず精霊の力が働いており、彼にはその変化が見える。精霊たちの様子がおかしい、というのは屋敷の中が何らかの変化をとげている可能性がある。
「な、なんか事件……とか、事故とか……」
アルフレートの嘘の無い様子にローザの顔も青ざめている。
「そこまで騒がしくは無いが……昨日とは明らかに違うな」
アルフレートはそう言うと腕を組み、顎を撫でた。
中に入るべきかどうするか、と考えるが門に掛けられた錠前を見ると躊躇してしまう。フロロが「開ける?」と錠前を指差すが、ヘクターが首を振った。
「イルヴァお腹空きました……」
あまりに弱々しい声に怒る気にもなれない。ローザが溜息をつく。
「しょうがない、何か食べに戻りましょ。もしかしたらバレットさんに通りの方で会うかもしれないし」
一度顔を見合わせると少し重い空気で歩き始める。後はバレットさんのサインだけ、って段階なのに。わたしはポゼウラスの実が入った皮袋を持ち上げて見た。
一昨日と同じ大衆食堂に入ると、あの明るい雰囲気の女の子が大きなテーブルを指差した。わたし達の様子を見てなのか、笑顔が不思議そうな表情に変わる。
注文を受けに来た彼女にバレットさんを見なかったか尋ねると、大きな目を更に見開いてみせた。
「バレットさん?屋敷にいなかったの?」
「そうなの。どこか出かけてたりしない?」
注文も交えつつ、わたしが聞くとウエイトレスは眉をひそめる。
「あの人買い物なんかも全部、一緒に住んでる猫みたいな子達に任せてるみたいだし……。村の人間も姿を見た事無い人がほとんどなのよ。私も村に初めて来た時見かけただけで、それから見てないぐらいだし。だからいない、って方がびっくり」
じゃあ居留守、なんて言葉が浮かぶ。でも昨日までの歓迎ようを思い出すと随分な対応の変わりようだ。
「どうしよう、これ置いていく?」
ローザがポゼウラスの実が入った皮袋を指差す。少し考えてからわたしは首を振った。
「依頼人のサイン貰わずに帰ることになっちゃう。教官がそんな言い訳聞いてくれると思えないよ」
わたし達の暗い空気とは対照的に騒がしい食堂を見回すと、アルフレートはゆっくりと水の入ったグラスを置いた。
「……失踪した人間がいるって言ってたな?」
アルフレートが言うとウエイトレスの彼女は目をぱちぱちさせ頷いてみせた。
「どうする?入ってみる?」
ローザが目の前の家屋を指差し尋ねる。村の入り口に近い位置にあるが、商店の並ぶ通りから離れているので随分と寂しい道にある。
先程ウエイトレスの女の子に聞いてやって来た一軒のお家。バレット邸に入るのを最後に失踪してしまったという一家の家である。
失踪した、という村人は全部で六人。今、目の前に見ている家の四人家族と、他にカップルが一組ということなので件数に直すと二件、ということだ。
「雰囲気が……不気味じゃない?」
わたしはそう零す。形はごく普通の民家だが誰も住んでいないからなのか、暗く寂れた雰囲気が道にまで漂ってきている。
ここに来たのは単なる時間潰しとほんの少しの疑念から、だった。もし本当にバレットさんが村人の失踪に関わっているなら何か痕跡があるかもしれない。しかしメンバー全員、あまり当てにしている様子もなく、わたし自身もただ疑惑を晴らしたいという気持ちの方が強かった。
躊躇の無い様子でフロロが玄関まで歩いて行き、扉に手をかける。
「あ、鍵掛かってないな」
その呟きと同時にぎい、と扉が開かれた。イルヴァの影から恐る恐る中を見るとがらんとした室内が見える。入ってすぐがキッチンだったらしくシンクとオーブン、タイル張りの壁は残っているものの他の生活感をうかがわせる物は無い。
「なんだ、家具は何も残ってないじゃないか」
ずかずかと入っていったアルフレートが室内を見回し、眉を寄せた。わたしもそろそろと後に続くと埃の臭いがきつい室内を見ていく。
「本当……テーブルだとか椅子だとか、棚ってものも無いのね。あ、でも跡は残ってる」
わたしの指差す先には重い家具が長年置いてあったであろう痕跡が、床板の傷になって表れていた。生活の場であった名残を見ると急に寂しい気持ちになる。
ここの家の家族構成は夫婦に子供一人、祖母がいたということだ。元々祖母のいた家に息子夫婦がやってきて、数年は幸せそうに暮らしていたらしい。それがふ、と消えてしまったのだ。
「鍵かけてないもんだから盗まれたかね?」
隣りの部屋を覗き込みながらフロロがぼやく。そちらも何も無いらしい。
「遺族が持っていったとかも考えられるな」
アルフレートが言うとローザがいきおいよく振り返る。
「い、遺族って……死んじゃってるみたいじゃな……」
言葉の途中で止まってしまったローザを全員が見る。不自然なポーズで固まるローザの視線の先、彼女の足元を見てわたしも息を飲んだ。
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