二章 猫はもてなしがお好き
待ち受けるは2
 ふ、と目が覚めるとひんやりした空気に頬が触れる。手足が冷え切っているが頭はすっきりしていた。薄いオレンジに空の下の方が染まっている。
 暫くじっとして朝日の暖かさに体を温めてから、わたしは毛布から抜け出すと伸びをした。野宿という状況に加え、昨日のヘクターとの会話に興奮してしまって眠れないかと思ったが、やはり疲れていたらしい。信じられないほど眠り込んでしまった。
 ふと周りを見ると、もう火の気が消えた焚き火の前でイルヴァとアルフレートが座ったまま眠り込んでいる。眠り……おい。
「ちょっと……」
 わたしは起き上がり、二人の肩を叩いた。ビクン、となったのち、目を明ける二人。
「……んあ、リジア……おはよーございますう」
 イルヴァが間抜けな声を出す。目が開いているのか開いていないのか分からない酷い顔だ。
「おはよー、じゃないわよ。なんで寝てんのよ!これじゃ見張りの意味ないじゃない」
「この二人に頼んだあたし達が間違ってたのよ」
 いつの間にやら起き出していたローザが後ろから不機嫌な声を響かせる。寝起きの悪さワースト2の揃い組ではやっぱり無理があったか。また静かな寝息に変わる二人にがっかりしてしまう。
「おーい、フロロ!起きなさ―い。ほら、リジアもそこのお兄さん起こしてよ」
 ローザに言われ、毛布に包まるヘクターを見る。木の幹に背を預けてるところをみると、当番の後も見張りを続けていたのかもしれない。今はすっかり寝息を立てているが、起こすのが可哀想になってしまう。暫く寝顔を眺めさせていただき、ヘクターの肩を叩いた。
「おはようございまーす……」
 はっと目を開けるヘクター。
「あ……おはよう」
 少し照れ臭そうな顔の後、のそりと起き上がると伸びをした。「もう朝かあ」と呟く声に、
「うん。早く村に戻ってご飯にしよう」
とわたしは答えた。すると後ろから悲鳴が聞こえてくる。
「助けて!」
 見るとフロロが寝ているイルヴァに押しつぶされている。その隣りではローザがアルフレートの襟を掴み、無言でビンタを続けていた。


「お腹空きました……」
「もう何回目?分かったからもうちょっと我慢してよ」
 イルヴァの弱々しい声にわたしはそう答えた。お腹空いてるのは皆一緒、と言いたいがふらふらのイルヴァを見るとちょっと心配になってくる。
「帰りは早いわね」
 ローザの呟きの通り、知った道を帰るのはスムーズに感じた。見覚えのある木の形に角を曲がると、チード村の入り口が現れる。自然と全員で万歳してしまった。
「これでバレットさんにサイン貰って帰れば、演習も終わりよー!試験合格よー!」
 既に涙目のローザを皆で笑う。イルヴァの「お腹」の声に急いで村の中に入ることにする。
 既に昼前の時間になっていたので商店は賑わいを見せていた。何人かの村人が「おや?」という顔ですれ違う。
「ご飯、バレットさんが用意してるわよね」
 少々ずうずうしい台詞だが全員頷いてくれた。タンタを始めとした猫達の顔を思い出して頬が緩んでくる。賑やかな通りを抜けると相変わらず外観は不気味なバレット邸が見えた。フロロが駆け出すとチャイムのボタンに飛びついた。
「……あれ?」
 フロロに追いついたわたしは首を傾げる。追いつくまで結構な時間があったと思ったが、扉から応答は無い。お互いの顔を見た後、ローザがもう一度チャイムを押した。
 大きな背荷物を持ち、ゆったりとした歩みの商人が後ろを通り過ぎて通りに入っていく。その間も屋敷からは何も動きがない。
「……出かけてる?」
 わたしが言うとローザは「全員が?」と眉間にしわ寄せた。確かに猫達含めて全員お出かけ、とは考えにくい。
「あ」
 フロロの声に全員が彼を見る。
「鍵掛かってるぜ」
 重そうな鉄格子の門に、フロロの言う通り大きな錠前がついていた。前日までは見なかったその姿に、ふっと不安に襲われてしまった。
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