二章 猫はもてなしがお好き
待ち受けるは1
 ぱちぱちと爆ぜる火の粉を見つめながら、わたしは赤くなった頬をさすった。隣りではヘクターがあくびを一つ。どうしよう、退屈なんだな。
 たき火の向こうでは残りのメンバーがいびきをかいている。皆が寝入るぐらいの時間経ったのに、まだ一言も喋っていない。再び熱を持った頬を手でさする。
 わたしは会話の糸口が見つからないことに焦っていた。男の子ってどういう話しがいいんだろう。クラスメイトのロレンツの『デーモンが出てこない話しだな』という言葉が蘇る。レッサーデーモンとハイデーモンの違いって口から火を吹くか吹かないかなんだって、というどうでもいい話ししか浮かばない。
「どうしたの?火が近いんじゃない?」
 ヘクターに顔を覗き込まれ、わたしは心臓が飛び跳ねる。
「いや!大丈夫!」
 そう答えて手を振るわたしを見て、ヘクターはふ、と笑った。
「やっぱり赤いよ。もう少し下がれば?」
 これは熱いわけじゃなくて……、と説明したいところだ。わたしが腰を浮かせ、少し火から離れた時だった。
「リジアはどうして学園に入ろうと思ったの?」
 急な質問に動揺するが、数年前の自分を回顧していく。改めて聞かれると一つに絞れないものだ。考えるわたしをヘクターはじっと待っている。
「……子供向けの本にね『勇者アキリーズの冒険』っていうのがあるの。それにイリーナって魔女が出てきて……子供の頃、すごく好きだったんだ」
 ヘクターは黙って頷いてくれる。わたしは続きを話す。
「勇者一行もかっこいいんだけど、それよりイリーナの方が大好きだったの。旅のヒントとかくれるんだけど、ちょっと意地悪で、でもすごい力を持ってて。……実は本自体はそこまで好きじゃないんだけど、イリーナだけは未だに好きなんだよね」
「そのイリーナみたいになりたくて?」
 ヘクターの問いに少し考える。そして首を捻った。
「うーん、きっかけはそうなんだけど、目標とは違うかな。イリーナってすらっと背が高くて黒髪で、胸の大きいイルヴァみたいな人だもん」
 言ってしまってからちょっとしまった、と思う。何だかずれた返答だ。しかしヘクターが「金髪の魔女も良いと思うよ」と言ってくれて、チビで胸の無いわたしは嬉しくなった。
「でも、何で?」
 何となく返した問いに、
「リジアは凄いな、って思ったから」
ヘクターが言った答えでひっくり返りそうになった。学園に入ってから、いや生まれて初めて言われたかもしれない。
「え?え?何が?」
「いや、同い年のはずなのに色んなこと知ってるんだなぁ、と思って」
「……もしかしてこれのこと?」
 そう言ってわたしはポゼウラスが詰まった袋を指差す。
「いや、それもあるけど明かり付けたり火を起こしたりする魔法も全部呪文を覚えてるんでしょう?」
 そう改めていわれると照れるが、ファイタークラスの人から見ればそんな簡単な魔法でも凄いと思うのかもしれない。
「うーん、ある程度理論を勉強すれば、暗記しなくても呪文が組み立てられるっていうか……そう『おしゃべり』する感じになるのね。あと全部覚えてるわけじゃなくって……実は魔術書持ち歩いてるし」
「ああ、いつも荷物多いもんね」
 その言葉でわたしは送ってもらった日の事を思い出す。「あああ!」と突然叫んだわたしの声にヘクターがびくん、となった。
「そう!そうだ!聞きたい!あの時!思ってた!」
「お、落ち着いて……リジア」
「わ、わたしの事、いついついつから知ってたの?」
 その質問に始めきょとんとしていたが、ヘクターはゆっくり答え出す。
「ああ、いつからだったか……。たまにバスで一緒になるから知ってたよ。毎日荷物多くて大変そうだったから」
 『知ってたよ』の言葉にジーンとしてしまう。
「あんまり関心なさそうな顔だったから、俺のこと知ってたのに驚いたけど」
 うわああああ、ち、違うんだ。ストーカー認定されるのが怖くて目が合いそうになるたびに、そっぽ向いてただけなんだ。しかし今更『実はがっつり見てました』などと言えるわけがない。
「魔術師クラスの人って……とくにソーサラークラスの人っていつも分厚い本を持ち歩いてるから大変だなー、って。……俺らのクラスなんかだと魔力そのものが無い奴がほとんどだし、魔法覚えるだけでもすごいなーって思うよ」
 そうなんだ……。毎日ファイタークラスの人を羨望の眼差しで見ていたわたしとしては嬉しいことだ。暫くの沈黙の後、ヘクターが突然笑い始めた。
「実はさ、前から話したかったんだ」
「え、え?え?ええ!なん、なんで?」
「君らの仲間になりたかったから、かな。今年になって演習が始まったら絶対組みたいって思ってた」
 ヘクターの言葉が嬉しすぎて頭がぼーっとする。が、ふいに湧く緊張のような感情。わたしはおずおずと尋ねることにした。
「聞いて良いかな?」
「何?」
「どうしてわたし達のパーティーに入りたいと思ったの?」
 学園のカフェテリアで教官がした質問をもう一度してみる。ヘクターは言葉を探している様子だったが、ふとわたしの顔を見る。
「旅をしてる自分の姿を考えた時、普通のパーティじゃ嫌だったんだ。……普通の旅で終ってしまう気がして」
 何故か胸がどきどきとする。飛び上がるような幸福感じゃないけど、嬉しくて仕方が無い。わたしは顔を見合わせたまま尋ねる。
「昼間、『難しいね』って言ってたでしょう?やっぱ失敗したー!とか……は思って欲しくないけど、何かあったら全部言ってね?」
「まさか、思わないよ。ありがとう」
 そう言って笑うヘクターの銀色の髪がたき火でオレンジ色に輝いて、わたしは見とれてしまっていた。
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