二章 猫はもてなしがお好き
達成に火を囲む2
 洞窟を出るともうすっかり日は沈んでいた。昼間の陽気さは消え去り、辺りに響くのも夜行性の野鳥の声に変わっている。さわさわと揺れる木々が絵本で見たお化けを思い出させた。
 ローザが頬に手を当て残念そうな声を上げる。
「あらー、意外と時間経ってるのねー」
「あんたのせいだろ」
 全員が思っていたであろうことをフロロが代弁した。そのフロロにヘクターが声を掛ける。
「フロロ、川を探せないか?」
「ああ……」
 フロロがちらりとこちらを見た。わたしの惨状を見てのことだろう。優しいなあ、とヘクターを見ていると、
「言っとくけど、この子大した体してないからな」
 アルフレートがヘクターの肩を突く。フロロが「下品だねえ」と呟いた。
 赤面するわたしとは対照的に、ヘクターは何のことか分からない顔していたが、
「そうじゃないよ……」
と赤くなった顔を手で覆い、呻いた。
 フロロが耳を動かす。「ついてきな」と指差す彼に案内され、夜の山道を歩き出した。
「暗くなるとやっぱり怖いわねー。また魔物が出てこないといいけど」
 ローザの心配そうな声にアルフレートが首を振る。
「騒いでりゃ大丈夫だろう」
 そう言うと脇に落ちていた木の棒を拾い上げる。短い詠唱で指先に火が現れた。それを木に纏わせる。獣よけなのかもしれない。
 わたしの用意したライトの呪文にアルフレートの松明もあるが、足元の悪さに何度か蹴つまずく。迷うことなく進むフロロについていくこと暫し、すぐにわたしの耳にも川のせせらぎが聞こえ始めた。木々の合間から光る水辺が見える。
「リジアが洗い物してる間に焚き火の用意でもしましょう」
 ローザが言うとイルヴァが「キャンプファイヤーですう」と喜ぶ。このままこの辺りで夜を明かすことになりそうだ。
 焚き火用の枝を拾い始めた仲間を横目にわたしは川原に入る。山の川の水なんて冷たそう。ごろごろ転がる岩に転ばないよう川に近づいていった。
「溺れる心配はなさそうね」
 細い川にそう呟く。ローブを脱いでシャツだけになるとさすがに寒い。まだ春になったばかりだ。早いとこ終わらせてしまおうと、勢いよくローブを水に突っ込んだ。
一通り泥を流すと顔を洗う。指先が痛くなってくる程冷たいが、気持ち良さの方が上だ。ついでに口に水を含んでいると、
「これ、入れといて」
ローザの声と一緒に皆の水筒が降ってくる。人使い荒いなあ。
 渋々、水筒に水を入れていると「手伝うよ」の声。台詞だけで誰だか分かる。わたしの返事の前にしゃがみ込む姿に「ありがとう」と言うと、ヘクターの笑顔が返ってきた。
「冷たいね、大丈夫?」
 川に足を突っ込むわたしを指差すヘクター。正直、寒いと思っていたのだが彼と話しているだけで暑くなってきてしまった。
「ウサギ捕ってきました」
 後ろから聞こえるイルヴァの声にローザの悲鳴が続く。
「ぎゃー!誰が捌くのよ!!簡易食があるからいらない、って言ったでしょ!」
「ローザさんです。簡易食じゃ足りません」
「俺がやろうか?」
 ヘクターが立ち上がる。「助かるわあ!」というローザの言葉に、何だかこの流れがとても自然なことに思えて幸せな気分だった。


「見張り決めなきゃ」
 ローザの提案に肉にかぶりつく皆の動きが止まる。赤々と燃える焚火で皆の顔が赤く見える。すでに眠気を感じていたわたしは、
「やっぱり危ないかな?」
と尋ねた。ヘクターが首を振る。
「火があるから獣の類いは大丈夫だと思うけど、火の番が必要だね」
 少しの間を置いてアルフレートが拳を出す。それに続いて全員が手を突き出した。
「じゃーんけーん……ぽん!」
 揃った全員の声の後、各自出されたグーチョキパー。それを見てわたしは眠気が吹っ飛ぶ。
「リジアとヘクターの負けー!」
 ローザが嬉しそうに手を叩いた。この状況は運が良いのか悪いのか。視界がぐるぐると回る。これって一晩、二人っきりで起きてるってことだよね!?
「一晩丸々じゃキツイだろ。後半も決めといて交代制にしようぜ」
 フロロがそう言って二回戦を促した。それに負けたアルフレートは思い切り舌打ちすると、黙って毛布に包まる。続いて負けたイルヴァもこてん、とひっくり返り、毛布を引き寄せていた。
「この二人で大丈夫かしらね」
 眉間にしわ寄せローザが唸るが、わたしは彼女に同意する余裕がない。どうしよう、二人っきりで何話そう。
 黙ったまま固まっているわたしにローザは怪訝そうな顔をするが、肩を叩いてきた。
「きつかったら起こしていいわよ。じゃあ、がんばってね」
 一瞬『何をがんばるのか』を聞き返しそうになったが、大きく頷き返す。フロロとローザも毛布に包まるのを見届けると、わたしは焚き火の前に座り込んだ。
「よろしく、無理しないでね」
 そんな言葉と一緒にヘクターから畳まれた毛布を渡される。
「お、面白い話しとかあんまり出来ないかもしれないけど、ごめんね」
 隣りに腰掛けたヘクターにそう言うと、一瞬の沈黙の後に何故か笑われてしまった。
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